葉色診断は窒素の過不足を推し量る有力な手がかりですが、葉色の値そのものが窒素量を示すわけではありません。この記事では葉色板・SPAD・植生指数・分光の4手法で「どこまで分かってどこから分からないか」を、県の栽培指針と査読論文を根拠に切り分けます。
結論を先に書きます。葉色は葉緑素(クロロフィル)の濃さを見ている代理指標であり、窒素はそのクロロフィルを構成する成分だから相関するにすぎません。だから高温・日照・水分・硫黄やマグネシウムの欠乏・病害でも葉色は動きます。さらに、葉色板の値をSPAD値に換算する式は県ごとに異なります。たとえばいわてアグリベンチャーネットが紹介する秋田県の式は「SPAD値=カラースケール判定値×5+15」ですが、千葉県の稲作情報では「カラースケール値×7.8+1.6」です。同じ器具の同じ読みが、県をまたぐと別のSPAD値になります。葉色の絶対値を他地域の基準にそのまま当てはめてはいけない——これが実務で最初に押さえるべき点です。
葉色診断で測っているものは何か
葉色板(カラースケール)とSPAD(葉緑素計)は、どちらも葉の緑の濃さを数値化する道具です。葉緑素は光合成を担う色素で、窒素はその構成成分にあたります。だから窒素を多く吸った株は葉色が濃くなる傾向があり、これを逆向きに使って「葉色が薄い=窒素が足りていないかもしれない」と推定します。
ここで重要なのは「かもしれない」の部分です。葉色が濃くなる要因は窒素だけではありません。逆に窒素が足りていても、高温による消耗、日照不足、水ストレス、硫黄・鉄・マグネシウムの欠乏、いもち病などの病害で葉色は変わります。葉色の数値は原因を特定しません。原因の候補を絞るための入口です。
葉色板(カラースケール)の読み方
いわてアグリベンチャーネットの解説によれば、カラースケールは最も淡い1から最も濃い7まで段階的に葉色が示されており、各値の中間値まで読むことで13段階の測定ができます。測定時は太陽を背にする必要があり、太陽が真上にあるときは葉の影がスケールにかかって読みにくくなります。同じ圃場・同じ株でも、時刻と空の状態で読みがずれる道具だということです。
SPAD(葉緑素計)との換算
SPADは葉を挟んで透過光から葉緑素量の指標値を出す計測器です。葉色板とSPADは換算式でつなげますが、前述のとおり式は地域ごとに作られています。秋田県の式(×5+15)ではSPAD値40がカラースケール判定値5に相当し、千葉県の式(×7.8+1.6)では同じカラースケール5がSPAD値約40.6に相当します。近い値になる帯もありますが、品種・栽培法・測定の慣行が違えば式も変わると理解して、自分の県の指針にある式と目安を使ってください。
葉色だけで追肥を決めないほうがよい理由
千葉県の稲作情報は、穂肥の要・不要の判断について明快な立場を示しています。窒素濃度を示す葉色のみでは実際の生育状況を把握できないため、茎数(籾数の多少)と葉色を掛け合わせた「生育量」で判断するという考え方です。
具体的には幼穂形成期に診断し、茎数×SPAD値の積を次のように読みます。
茎数×SPAD値(幼穂形成期) | 穂肥の判断 | 避けたいリスク |
|---|---|---|
16,000以下 | 増量 | 籾数不足による減収 |
16,000〜20,000 | 標準量 | — |
20,000〜27,000 | 減量または施用なし | 過剰繁茂による倒伏 |
※千葉県の「コシヒカリ」を対象とした令和3年の稲作情報にもとづく数値です。品種・地域・年次によって基準は変わるため、必ずお住まいの都道府県の栽培指針をご確認ください。全国の施肥基準の考え方は農林水産省の都道府県施肥基準に整理されています。
この「葉色が濃い/薄い」という片方の軸だけで動かず、もう1軸(生育量や草丈)を足して判断する——という構えが、葉色診断を実務で使うときの型です。千葉県の同じ資料では、倒伏軽減剤の要否を草丈70cm未満なら不要、70〜80cmなら要という基準で併せて判断しています。
葉色が合わないときの切り分け表
現場で困るのは「葉色が想定とずれている。でも原因が分からない」という場面です。次の表を入口に、窒素以外の要因を潰してから追肥を決めてください。
症状 | 疑うべき原因 | 確かめ方 | 次の一手 |
|---|---|---|---|
圃場全体が一様に薄い | 窒素不足/基肥の切れ | 茎数と草丈も測り生育量で確認。土壌診断で可給態窒素を確認 | 生育量が低いなら追肥。高ければ別要因を疑う |
圃場内でムラがある(条や区画単位) | 施肥ムラ/地力のばらつき/水の入り方 | ムラの形が機械の作業跡と一致するか。土壌を複数点サンプリング | 部分施用。まず地力マップを作る |
新葉だけ薄く葉脈が残る | 鉄・マグネシウム等の微量要素欠乏 | 欠乏症状の出方(葉脈間か全体か)と土壌pH | 窒素追肥では直らない。土壌改良を検討 |
急に濃くなった | 高温による窒素吸収の促進/気象要因 | 直近の気温・日照の推移と地域の生育情報 | 追肥は見送り、倒伏リスク側を警戒 |
濃いまま葉が巻く・しおれる | 水ストレス | 土壌水分・かん水履歴。見た目に出る前に測る方法を併用 | 水管理を先に直す |
斑点・変色が混じる | 病害・虫害 | 病斑の形状を観察。発生予報を確認 | 防除を優先。葉色での施肥判断は保留 |
測るたびに値がぶれる | 測定方法のばらつき | 測る葉の位置・時刻・株数が揃っているか | 手順を固定し、絶対値ではなく推移で見る |
水ストレスは葉色に出るより前に進んでいることが多く、見た目に出た時点では手遅れになりがちです。測り方の選択肢は作物の水ストレス診断4系統を比較|しおれる前に測る方法で、土壌側の要因は土壌肥沃度とは|CEC・塩基バランスの見方と4つの測定手法と土壌診断キットで分かること・分からないことで整理しています。病害を疑う場合は作物の病害を早期発見するには?をご覧ください。
4手法の比較|測れる対象と限界
葉色から窒素の状態に迫る手段は、点で測るものから圃場全体を面で見るものまで4系統あります。
項目 | 葉色板(カラースケール) | SPAD(葉緑素計) | 植生指数(NDVI等) | ハイパースペクトル(分光) |
|---|---|---|---|---|
測る対象 | 葉の見かけの緑の濃さ | 葉の透過光から葉緑素の指標値 | 群落の反射率の比 | 連続した波長ごとの反射率 |
空間の単位 | 1枚の葉(点) | 1枚の葉(点) | 区画〜圃場(面) | 区画〜圃場(面+波長) |
圃場全体を測れるか | 不可(抽出測定) | 不可(抽出測定) | 可能 | 可能 |
導入コスト | 非常に低い | 低い | 中 | 高い |
品種・地域依存 | 強い(換算式が県ごとに違う) | 強い(目安値が品種ごとに違う) | あり(関係式の地域差) | 強い(要キャリブレーション) |
主な限界 | 時刻・天候・測る人で読みがぶれる | 点の抽出なのでムラを捉えにくい | 繁茂が進むと値が飽和する | 費用と解析工程。教師データが必要 |
植生指数(NDVI等)でどこまで行けるか
農研機構の研究成果では、携帯型NDVI測定機により穂肥前の移植水稲の窒素吸収量を推定できることが報告されています。推定のRMSE(二乗平均平方根誤差)は1.02 g-N m⁻²で、従来法の1.11 g-N m⁻²と同程度の精度とされています。「あきたこまち」「ササニシキ」「つぶぞろい」の3品種でNDVI値と窒素吸収量の関係に有意な品種間差はなく、共通の回帰式が使えたという点も実務上の朗報です。
ただし同じ成果ページは限界も明示しています。対象期間は有効茎決定期から減数分裂期までで、測定時期別に関係式を作るほうが精度が高まるとされ、さらにこの結果は秋田県大仙市の農研機構圃場における2年間(2015・2016年度)のもので、関係式のパラメーターは利用する地域に応じて検討する必要があると注記されています。つまり「どこでもこの式で測れる」わけではありません。NDVIそのものの値の読み方と、繁茂が進んだ圃場で値が飽和する問題はNDVIとは?値の見方と限界・農業の植生指数7種の使い分けで詳しく扱っています。
分光(ハイパースペクトル)でどこまで行けるか
波長を数十〜百数十に分けて測る分光計測でも、窒素そのものを直接測っているわけではありません。反射スペクトルの形から統計モデルで推定しているため、推定式を作るための実測値(教師データ)が必要で、品種や撮影条件が変わると作り直しが必要になります。
精度の水準を一次情報で押さえておきます。システム農学会誌に掲載された平井らの研究「植物面積指数および葉緑素計値に基づく複数の水稲生育指標の推定法」(システム農学 第30巻第2号・2014年)では、葉身窒素含量の推定式の平均相対誤差が、乾物重当たりで15.3%、単位葉面積当たりで13.4%と報告されています。推定には1割台の誤差が残るという前提で使う必要があります。
ハイパースペクトル計測そのものでは、ハイパースペクトルデータを用いたPCRとPLSR解析による水稲生育変数推定の精度向上のように、多数の波長から回帰モデルを組んで葉面積指数やSPAD値を推定する研究が重ねられています。また非破壊計測による水稲生育形質の推定精度の検討では「コシヒカリ」「あきだわら」等6品種・4段階の窒素施肥条件で、移植後24日から幼穂形成初期にかけて高い相関性が示されたと報告されています。研究としては確実に前進していますが、どの報告も「品種」「時期」「圃場」という条件が付いていることに注意してください。
では何を使うべきか
正直に書きます。葉色板とSPADで判断がついているなら、それで足りています。器具代は安く、測る習慣が現場に根づいているなら、それ以上の装置を足す必要はありません。まずやるべきは、測る葉の位置・時刻・株数を固定して手順のばらつきを消し、絶対値ではなく前年・前週からの推移で読むことです。そのうえで茎数や草丈といったもう1軸を足して生育量で判断する。ここまでで多くの迷いは減ります。
面での計測が意味を持つのは、次の2つの困りごとが残ったときです。
- 圃場内のばらつきをマップで見たい:点の抽出測定では、どこがどれだけ違うのかが分かりません。可変施肥につなげたい場合は面のデータが必要になります
- 見た目に出る前の変化を捉えたい:葉色として目に見える段階より早く、反射スペクトルの変化として兆候が出る場合があります。ここは研究段階の話も多く、対象ごとの検証が前提です
面で測る手段の選び方はドローン生育診断の手法6つを比較に、分光計測の仕組みと業界ごとの使われ方はハイパースペクトルカメラとは何を測る技術なのかにまとめています。
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(公開している取り組みは実績一覧をご覧ください)。記事の途中で恐縮ですが、国産ハイパースペクトルカメラ irodoriで何がどこまで見えるのかを、まずは資料でご確認いただけたら嬉しいです。
測り方を固定するためのチェックリスト
どの手法を使うにしても、測定条件が揃っていなければ値は比べられません。葉色診断では次の点を文書にして固定してください。
- 測る葉を決める:どの茎の何葉目の、葉身のどの位置を測るか。株ごとに変えると個体差以上のばらつきが乗ります
- 株数を決める:1点だけで判断しない。複数株の平均を取る前提で、何株測るかを決めます
- 時刻を決める:葉色板は太陽を背にして読み、太陽が真上の時間帯は避けます。SPADも測定時刻を揃えます
- 測る人を揃えるか、器具で読む:葉色板は読む人の個人差が出ます。複数名で測るならSPADに寄せるほうが安定します
- 絶対値ではなく推移で見る:同じ圃場の前年同期・前週との差で読むと、地域差や換算式の違いの影響を受けにくくなります
- 必ずもう1軸を記録する:茎数・草丈・気温・かん水履歴。葉色だけのデータは後から原因を追えません
まとめ
葉色診断は窒素の過不足を知るための入口であり、答えではありません。葉色は葉緑素の濃さを見ているため、窒素以外の要因でも動きます。葉色板とSPADの換算式が県ごとに違うという事実は、この指標が地域と品種に強く依存することの端的な表れです。
実務でやるべきことは3つです。測定手順を固定してばらつきを消すこと。茎数や草丈を足して生育量で判断すること。そして窒素以外の要因を切り分け表で潰してから追肥を決めること。この3つで足りるなら、新しい装置は要りません。
圃場内のばらつきを面で見たい、あるいは目に見える前の変化を捉えたいという課題が残ったときには、分光という選択肢があります。何がどこまで測れて、どこからが研究段階なのかを含めて、製品カタログと事業紹介資料を無料でお送りしています。




