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創傷評価スケールの現状と課題|研究者向け分光イメージング応用【2026】

創傷の評価は、褥瘡のDESIGN-R®2020や熱傷の受傷深度分類など標準スケールが整備される一方、判定が観察者の経験に依存するという課題が残ります。本記事では創傷評価の指標を研究者向けに整理し、分光イメージングによる定量化研究の到達点と限界を論文ベースで示します。

創傷評価とは、褥瘡・熱傷・糖尿病性足潰瘍・術後創などの創部の状態を、深さ・大きさ・滲出液・肉芽組織・壊死組織・感染徴候といった項目に分けて記述し、経時変化を追跡する行為を指します。日本では褥瘡について日本褥瘡学会の改定DESIGN-R®2020が広く用いられ、国際的にはPUSHやBWATといったスケールがあります。いずれも「点数化」によって記述の共通言語を作ることを目的としていますが、入力となる観察そのものは目視に依存します。この観察の主観性をどこまで機器計測で補えるかが、近年の創傷評価研究の主要な論点です。

創傷評価に使われる指標の全体像

創傷評価のスケールは、対象とする創傷の種類ごとに発展してきました。褥瘡、熱傷、慢性創傷全般でそれぞれ標準的な枠組みが異なるため、研究計画を立てる際はまず「どの枠組みの上に計測値を載せるのか」を決める必要があります。以下では現行版が確認できるものに限って整理します。

褥瘡:改定DESIGN-R®2020

DESIGN-R®は日本褥瘡学会が開発した褥瘡状態評価スケールで、Depth(深さ)、Exudate(滲出液)、Size(大きさ)、Inflammation/Infection(炎症/感染)、Granulation(肉芽組織)、Necrotic tissue(壊死組織)、Pocket(ポケット)の7項目で構成されます。2020年12月に公開された改定DESIGN-R®2020では、深さの項目に「深部損傷褥瘡(DTI)疑い」が、炎症/感染の項目に「臨界的定着疑い」が追加されました。学会はコンセンサス・ドキュメントと評価用紙をPDFで公開しており、現行版の定義は一次情報で確認できます。

DTI疑いの追加は、創傷評価が「表面に見えている変化」だけでは不十分だという臨床的な認識を反映しています。深部組織損傷は皮膚表面の所見が乏しい段階から進行し得るため、目視のみでの早期把握は難しいとされます。この点は後述する分光計測の研究動機とも重なります。

国際的なスケール:PUSHとBWAT

PUSH(Pressure Ulcer Scale for Healing)は米国のNPUAP(現NPIAP)で開発されたスケールで、創面積・滲出液量・組織型の3パラメータから治癒経過を追跡します。開発と妥当性検証はStottsらの論文(The Journals of Gerontology Series A, 2001, 56巻12号 M795–M799頁)で報告されています。項目数が少なく短時間で運用できる一方、記述の粒度は粗くなります。

BWAT(Bates-Jensen Wound Assessment Tool)は13項目で創部を詳細に記述するスケールです。Bates-Jensenら(Wound Repair and Regeneration, 2019)はUCLA看護学部らのグループとして、介護施設入所者142名・褥瘡305件を16週間追跡し、BWATスコア全体の信頼性係数はr = 0.90と高い一方、項目別の重み付きκは「創周囲の皮膚色」で0.46にとどまったと報告しています。同研究では、スコアの一致度が明るい肌色調の対象でより高かったとも述べられています。

熱傷と慢性創傷の枠組み

熱傷では受傷深度(表皮熱傷・浅達性/深達性真皮熱傷・皮下組織に達する熱傷)と熱傷面積が評価の中心となります。日本皮膚科学会は創傷・褥瘡・熱傷ガイドライン(2023)―6 熱傷診療ガイドライン(第3版)(日本皮膚科学会雑誌 134巻3号)を公開しており、褥瘡については同ガイドライン―2 褥瘡診療ガイドライン(第3版)(133巻12号)が対応します。

慢性創傷全般については、Schultzらが提唱したwound bed preparationの枠組みと、その実務版であるTIME(Tissue/Infection・Inflammation/Moisture imbalance/Edge)の整理が広く参照されます(Wound Repair and Regeneration, 2003)。TIMEは治療方針を組み立てるための思考の枠組みであり、点数化スケールではない点に注意が必要です。

なぜ創傷評価の客観化は難しいのか

創傷評価スケールは記述を標準化しますが、入力となる観察の不確かさまでは取り除けません。研究として創傷を扱う際に問題になるのは、主に次の3点です。

観察者依存と経験差

肉芽組織の質、壊死組織の量、感染徴候といった項目は、評価者の訓練度と経験に左右されます。熱傷深度の判定について、Promnyら(Journal of Burn Care & Research, 2022, 43巻1号、ニュルンベルク病院・パラケルスス医科大学)は「熱傷創の評価で最も頻用される手法は臨床的評価であり、しばしば医師の経験に依存して主観的である」と述べたうえで、分光計測による客観化の可能性を検討しています。ただし同論文は、健常皮膚と熱傷部の区別は可能だった一方、現状のHSIでは深度が不明確な熱傷の深さを正確には判定できなかったとも述べています。

肌の色調による偏り

目視による発赤や創周囲皮膚の判定は、対象者の肌の色調の影響を受けます。前述のBates-Jensenら(2019)の報告では、BWATスコアの一致度が明るい肌色調でより高く、「創周囲の皮膚色」項目の一致度が他項目より低い結果が示されました。単一の評価尺度をそのまま多様な集団に適用する際、この偏りは研究デザイン上の交絡になり得ます。

表面所見と深部の循環状態のずれ

創傷の治癒には局所の組織灌流が関わりますが、皮膚表面の色調や形状からは深部の血流状態を直接読み取れません。ここで注目されるのが、酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの比率として定義される組織酸素飽和度です。指先で測るパルスオキシメータのSpO2とは測定対象が異なるため、両者の違いは組織酸素飽和度の計測手法を整理した記事で確認してください。

分光イメージングによる創傷評価研究の到達点

分光イメージングは、対象からの反射光を多数の波長帯に分けて画素ごとに取得する計測手法です。数十〜数百の狭い波長帯を連続的に取得するものをハイパースペクトルイメージング(HSI)、十数バンド程度に絞ったものをマルチスペクトルイメージングと呼び分けます。生体では、酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンで可視〜近赤外域(NIR:おおむね700〜1000nm)の吸収特性が異なることを利用し、組織酸素飽和度やヘモグロビン量、水分の指標を画像として算出する研究が行われています。原理の詳細はヘモグロビンの吸収波長と等吸収点を解説した記事にまとめています。

糖尿病性足潰瘍での報告

Nouvongら(Diabetes Care, 2009、Olive View–UCLA Medical Centerほか)は、糖尿病患者66名を24週間追跡する前向き単群盲検研究を実施しました。潰瘍に隣接する健常皮膚の酸素化/脱酸素化ヘモグロビンをハイパースペクトルイメージングで測定し、そこから導いた指標について、感度80%(54例中43例)、特異度74%(19例中14例)、陽性的中率90%(48例中43例)と報告しています。同論文は「皮膚組織の酸素化は糖尿病患者の創傷治癒と相関する」と結論づけていますが、これは研究段階の知見であり、臨床判断を置き換えるものではありません。

熱傷深度での報告

熱傷では、受傷後早期の深度判定が難しいことから分光計測の応用研究が続いています。Schulzら(Burns, 2022, 48巻1112–1119頁)は前向き単施設研究として熱傷深度評価にHSIを用いた検討を報告しました。Wildら(European Burn Journal, 2025、BGクリニック・ベルクマンストロスト熱傷センターほか)は、医療的介入を要した熱傷患者59名から選択した281の均質な創部セグメントについて、受傷後4日間の創部動態(wound conversion/progression)を深さ分解した灌流指標で解析しています。いずれも観察研究であり、深度判定の代替を主張するものではありません。

褥瘡での報告

LeeとChen(International Journal of Environmental Research and Public Health, 2023、台湾・弘光科技大学看護学系)は、仙骨・尾骨部の褥瘡を有する患者30名を対象としたパイロット横断研究で、ハイパースペクトル画像を用いた創面積計測を検討しました。看護実務での「長さ×幅」による計測は創縁の不整により面積を過大評価しやすいという問題意識に基づく、標準化と計測時間短縮を狙った試みです。

系統的レビューが示す現在地

創傷ケア領域のHSIについては、Saikoら(International Wound Journal, 2020)による系統的レビューがあります。過去32年間に患者を対象として評価された10種類のHSIシステム、140研究を分析したもので、現行の生体内HSIシステムが生成するのは主として組織酸素化マップであること、組織酸素化の計測が創傷形成リスクや治癒遅延のリスクにある患者の予測に役立ち得ること、いずれの研究でも安全性の懸念は報告されていないことを整理しています。同時に、異なる病因の創傷について現行の臨床ワークフローへ十分に統合するにはさらなる研究が必要である、と明確に述べています。

評価手法の整理

ここまでの内容を、創傷評価の3系統として整理します。分光イメージングは既存スケールを置き換えるものではなく、スケールが記述しにくい生理的指標を補う位置づけとして研究されています。

手法

主に得られる情報

客観性・再現性

導入・運用の負荷

現状の位置づけ

目視+評価スケール(DESIGN-R®2020/PUSH/BWAT)

深さ・大きさ・滲出液・肉芽・壊死・感染徴候などの記述的分類

訓練で一定に保てるが観察者依存が残る。肌色調による偏りの報告あり

低い。器材不要で日常運用に組み込み済み

臨床・研究とも標準。現行版が学会から公開

デジタル画像計測(写真・面積計測)

創面積、創縁形状、色調の経時変化

撮影条件(照明・角度・距離)の標準化に依存

中程度。撮影プロトコルとスケール入りの基準物が必要

面積の定量化として普及。研究では補助指標

分光イメージング(HSI/マルチスペクトル)

組織酸素飽和度、ヘモグロビン指標、水分指標などを画素ごとにマップ化

装置・解析条件が揃えば数値として再現しやすいが、標準化された基準は未確立

高い。装置・校正・解析パイプラインの整備が必要

研究段階。系統的レビューでも臨床ワークフローへの統合には追加研究が必要とされる

何がまだできないか|研究段階としての限界

創傷評価に分光イメージングを用いる研究は蓄積が進んでいますが、できることとできないことの線引きははっきりしています。以下は、共同研究の設計段階で必ず共有している前提です。

第一に、診断や治癒予測を置き換えるものではありません。 上に挙げた研究はいずれも観察研究または前向きの単施設・単群研究であり、多施設での再現性検証や標準化されたカットオフ値の確立は途上です。研究論文の記述も「相関が示された」「予測に役立ち得る」という水準にとどまっています。

第二に、測定できるのは表層に限られます。 可視〜近赤外域の光が生体組織に到達する深さは限られ、算出される組織酸素飽和度は主に表層の情報を反映します。深部の血流や骨・筋層の状態を直接評価する用途には向きません。

第三に、計測条件の影響を強く受けます。 照明の分光特性、外光の混入、対象面の角度と曲率、被検体の体位、体温や室温、被写体との距離といった要因が反射スペクトルを変えます。創部は形状が不規則で凹凸があるため、平坦な標本より条件統制が難しく、撮影プロトコルの設計が結果を左右します。

第四に、湿潤環境や被覆材が計測を阻害します。 滲出液の光沢による正反射、ドレッシング材や軟膏の残存、血液の付着は、いずれもスペクトルを歪めます。前処置の手順を研究計画に明記しないと、データの解釈が困難になります。

第五に、標準化されたリファレンスがありません。 DESIGN-R®2020のような合意されたスコアリングと違い、分光計測値には「どの装置で測っても同じ数値になる」ための共通基準がまだありません。装置間比較や施設間比較を伴う研究設計では、この点が最大の制約になります。

これらの制約は、逆に言えば研究テーマとして扱いやすい論点でもあります。私たちは創傷そのものの研究実績を持つわけではありませんが、医療・病理領域で分光イメージングの計測条件と解析手法を検証してきた経験から、プロトコル設計の段階でご一緒できることがあります。研究目的や測定対象を伺ったうえで、そもそも分光計測が向くテーマかどうかを含めてお話しします。

研究計画に組み込む場合の実務的な検討点

分光イメージングを創傷評価の研究に導入する場合、装置選定の前に決めるべき事項があります。第一に測定対象とする波長域です。ヘモグロビン由来の情報を主眼とするなら可視〜近赤外域、水分や生体分子の情報まで含めるならより長波長側のSWIR(短波長赤外、おおむね1000〜2500nm)が検討対象になります。第二に空間分解能と波長分解能のどちらを優先するかで、装置構成が変わります。

第三に、臨床現場での運用可否です。ベッドサイドで扱うのか実験室で扱うのか、撮影1回あたりに許容できる時間、遮光や暗室の確保、可搬性の要否によって現実的な選択肢は絞られます。装置の基本的な種類と選び方はハイパースペクトルカメラの構成と選定の考え方をまとめた記事で整理しています。

研究機器としての導入では、外部資金の活用が現実的な選択肢になります。日本学術振興会の科学研究費助成事業(科研費)は人文学から自然科学まで全分野の学術研究を対象とする競争的研究費で、設備備品費の考え方や公募スケジュールは年度ごとに更新されます。申請を検討される場合は必ず当該年度の公募要領をご確認ください。手続きの流れは研究機器を科研費で購入する手順の記事にまとめています。

私たちはこれまで、医療・病理をはじめとする現場や研究機関とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました。たとえば宇宙技術由来のハイパースペクトルを応用した病理診断補助システムの開発や、ハイパースペクトルによる免疫染色マーカーの予測可能性の検討といった取り組みを公開しています。創傷領域は私たちにとっても未踏の応用先であり、確立した手法をお渡しできる段階ではありません。それでも、計測条件の詰め方やデータ解釈の落とし穴について共有できることはあると考えています。これまでの取り組みは実績一覧でご覧いただけます。irodoriの仕様や計測性能をまず数字で確認したい方は、資料をご用意しています。

よくある質問

創傷評価の標準的なスケールにはどのようなものがありますか。

褥瘡では日本褥瘡学会の改定DESIGN-R®2020が広く用いられ、深さ・滲出液・大きさ・炎症/感染・肉芽組織・壊死組織・ポケットの7項目で構成されます。国際的にはPUSH(3パラメータ)やBWAT(13項目)があります。熱傷は受傷深度と面積が中心で、日本皮膚科学会の熱傷診療ガイドライン(第3版)が公開されています。

改定DESIGN-R®2020では何が変わったのですか。

2020年12月に公開された改定版では、深さの項目に「深部損傷褥瘡(DTI)疑い」が、炎症/感染の項目に「臨界的定着疑い」が追加されました。日本褥瘡学会がコンセンサス・ドキュメントと評価用紙を公開しています。

分光イメージングで創傷の治癒を予測できますか。

できるとは言えません。糖尿病性足潰瘍を対象としたDiabetes Care誌の研究(2009年)などで組織酸素化と治癒の相関が報告されていますが、いずれも研究段階の知見です。International Wound Journal誌の系統的レビュー(2020年)も、臨床ワークフローへの統合にはさらなる研究が必要としています。

分光イメージングによる創傷計測の主な限界は何ですか。

測定できるのが表層に限られること、照明条件や創面の角度・凹凸・滲出液の光沢に影響されること、装置間で比較できる標準化された基準値がまだ確立していないことです。研究設計では撮影プロトコルと前処置の手順を明記する必要があります。

irodoriは医療機器として使えますか。

irodoriは研究用途の計測機器であり、診断を目的とした医療機器としての位置づけではありません。研究におけるデータ取得手段としてご検討ください。

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