科研費の繰越手続きは、補助金分の研究課題で「交付決定時には予想できなかったやむを得ない事由」により年度内に研究が終わらないときに、翌年度へ研究費を持ち越すための申請です。この記事では、繰越が認められる条件、事由が発生した時期で決まる申請期限、使えないときの調整金との使い分けを、年度カレンダーに沿って整理します。
結論から言うと、繰越は補助金分だけが対象で、基金分は使いません。申請期限は事由の発生時期で3回に分かれ、令和7年度交付分では最終回の期限が令和8年2月9日でした(日本学術振興会「繰越制度」)。学内の締切はこれより1〜2週間ほど早く設定されることが多いので、「遅れそうだ」と分かった月のうちに事務へ相談するのが一番の近道です。
まず確認:あなたの課題は繰越の対象か
科研費には「科学研究費補助金(補助金分)」と「学術研究助成基金助成金(基金分)」の2つの制度があり、繰越制度があるのは補助金分です。基金分は補助事業期間内であれば年度をまたいで研究費を使えるため、そもそも繰越の手続きが要りません。
どちらに当たるかは研究種目と採択年度で決まります。たとえばJSPSの研究種目一覧では、若手研究や研究活動スタート支援は基金、特別推進研究は補助金として区分されています(日本学術振興会「研究種目一覧」)。基盤研究などは基金化が段階的に進んでいるため、種目名だけで判断せず、交付決定通知に書かれた区分で確認してください。
確認すること | 補助金分 | 基金分 |
|---|---|---|
翌年度への持ち越し | 繰越申請が承認された場合に限り可能 | 補助事業期間内なら手続きなしで年度をまたげる(機関の定めに従う) |
繰越が使えないとき | 「調整金」による次年度使用を検討 | 最終年度で終わらない場合は期間延長の扱いを事務に相談 |
年度末の注意点 | 3月末までに納品・検収できない物品は原則その年度の経費にならない | 最終年度は期間内に検収まで終える |
年度末の納品・検収の考え方そのものは、科研費の年度末納品はいつまでかを整理した記事で詳しく扱っています。この記事は「繰越をすると決めたあと、何をいつ出すか」に絞って解説します。
繰越が認められる2つの条件
繰越は「研究が遅れたら申請すれば通る」制度ではありません。JSPSの留意事項では、次の2つを両方満たすことが求められています(日本学術振興会「繰越制度」)。
条件1:交付決定後に起きた「予想し得なかったやむを得ない事由」がある
繰越事由は、交付決定日以降に発生したものに限られます。たとえば令和7年度の補助金分では、交付決定日(令和7年6月12日)以降に発生した事由でなければ申請できないと各機関が案内していました。
認められやすいのは、研究方式の決定に予想以上の時間がかかった、試料や共同研究先の都合など計画の前提条件が変わった、資材・機器の入手が難しくなった、といった研究者の努力では避けられなかった事情です。一方で、病気や怪我を除く研究者の自己都合(多忙、事前の調整不足、所属機関の異動など)は対象外とされています。
条件2:翌年度内に完了する見込みがある
繰り越した研究は、翌年度内に終わる見込みがなければなりません。「いつ再開できるか分からない」状態では申請が通りにくく、再開の見込みと完了までの計画を理由書で説明できることが前提になります。
装置の納品遅れは事由になるか
メーカーの都合で装置の納期が延びた場合、「資材の入手難」に近い事情として扱われる余地はありますが、発注が遅かった・仕様が決まらなかったという経緯なら自己都合と判断されかねません。認められるかは経緯と説明の仕方で分かれるので、メーカーから納期遅延の連絡を受けたら、日付入りのメールや書面で必ず残しておきましょう。
申請期限は「事由が発生した月」で3回に分かれる
繰越の申請は年に3回の受付があり、どの回に出すかは事由が発生した時期で決まります。令和7年度交付分の受付は次のとおりでした。
受付回 | 繰越事由の発生時期 | JSPSの申請期限(令和7年度交付分) | 学内締切の例 |
|---|---|---|---|
第1回 | 令和7年10月まで | 令和7年12月19日(金) | 12月10日前後 |
第2回 | 令和7年11月〜12月 | 令和8年1月16日(金) | 1月7日前後 |
第3回 | 令和8年1月以降 | 令和8年2月9日(月) | 1月上旬〜下旬 |
学内締切の例は複数の大学の案内から拾った目安で、実際の日付は機関ごとに異なります。令和8(2026)年度交付分の日程は、JSPSが当年度の通知で示すものなので、例年どおり12月・1月・2月の3回になるかは所属機関の案内で確認してください。
ここで見落としやすいのは、「10月に遅れが分かったのに、第3回まで待って出す」ことができない点です。事由の発生月で受付回が決まるため、遅れが分かった時点が実質的なスタートになります。
繰越手続きの流れ(5ステップ)
機関ごとに様式や回し方は異なりますが、大まかな流れは共通しています。
- 事務へ相談する:遅れが見えた時点で、研究支援部門に「繰越の可能性がある」と伝える。対象になるかの事前確認(繰越要件の確認票を求める機関もある)をここで行う
- 事由の証拠をそろえる:メーカーの納期遅延連絡、共同研究先とのやり取り、試料入手の経緯など、日付が分かるもの
- 理由書を作成する:様式C-26「繰越(翌債)を必要とする理由書」を科研費電子申請システムで作成する。当初計画と変更後の計画を書く欄では、事由が発生した月までは両方を同じ内容にするのが作成上の注意点
- 機関から申請する:研究者が作った理由書を機関が確認し、JSPSへ申請する(研究者が直接JSPSに出すわけではない)
- 承認後は翌年度に執行する:承認された額は翌年度に使い、翌年度内に研究を完了させて実績報告を行う
理由書では「なぜ予想できなかったのか」「なぜ避けられなかったのか」「いつ再開し、いつ終わるのか」の3点を、経緯の日付とともに具体的に書くと審査側に伝わりやすくなります。
年度カレンダーで見る「いつ何をするか」
補助金分で装置の購入が絡む課題を想定し、繰越の判断を前提にした年間の動き方をまとめます。日付は令和7年度の実績をもとにした目安です。
時期 | やること | 繰越との関係 |
|---|---|---|
4〜6月 | 交付決定を確認。年度内に買う装置の仕様検討を始める | 交付決定日より前の事情は繰越事由にならない |
7〜9月 | デモや試験測定で仕様を固め、見積と納期を取る | 仕様が決まらないまま秋を迎えると、遅延が自己都合と見られやすい |
10月 | 発注。メーカーに年度内納品を書面で確認 | この月までに起きた事由は第1回(12月)で申請 |
11〜12月 | 納期の再確認。遅延の兆しがあれば即相談 | この時期の事由は第2回(1月)で申請 |
1月以降 | 納品・据付・検収の準備 | この時期の事由は第3回(2月)で申請。これを過ぎると繰越はできない |
3月末 | 検収完了 | 間に合わない分は調整金による次年度使用を検討 |
この表で一番効くのは7〜9月の「仕様を固める」段階です。装置の構成が決まらないと見積も納期も出ないため、秋以降の遅れはここで生まれることが多くあります。
繰越が使えないときは「調整金」:違いの早見表
繰越の要件に当てはまらない場合や、申請期限を過ぎてから事由が発生した場合は、補助金分の「調整金」制度で次年度使用を申請できることがあります(日本学術振興会「調整金」、文部科学省「科研費の調整金」)。ただしJSPSは、次年度に持ち越す場合はまず繰越制度で対応することが基本としています。
項目 | 繰越 | 調整金による次年度使用 |
|---|---|---|
使える場面 | 交付決定後のやむを得ない事由で年度内に完了しない | 繰越の要件に合わない・繰越の期限後に事由が起きた等 |
お金の流れ | その年度の研究費を翌年度に持ち越す | 未使用額をいったん国庫に返納し、次年度に調整金から改めて配分を受ける |
申請の単位 | 繰越が必要な経費の額 | 5万円以上・1万円単位 |
制約 | 年3回の受付期限。翌年度内に完了する見込みが必要 | 最終年度の課題には使えない。調整金の予算の範囲内での配分 |
調整金による次年度使用では、未使用額を実績報告書に計上し、額の確定後に返納する流れになります(日本学術振興会「調整金を利用した次年度使用の申請手続等について」)。どちらを使うかは、事由の内容と時期を事務に伝えたうえで一緒に決めるのが確実です。
年度をまたぐときの費目の扱いや流用の可否は、科研費の費目間流用と繰越の可否判定で整理しています。
繰越・調整金・別手段の判定チャート
「年度内に装置が届かないかもしれない」と分かったときは、次の順で考えると迷いが減ります。
質問 | Yes の場合 | No の場合 |
|---|---|---|
Q1. 課題は補助金分か | Q2へ | 基金分。補助事業期間内なら翌年度執行を前提に事務と調整 |
Q2. 遅れの原因は交付決定後に起きた、避けられない事情か | Q3へ | 繰越は難しい。調整金による次年度使用か、レンタル・受託測定で今年度の研究を進める |
Q3. 事由の発生月に対応する受付期限(学内締切)に間に合うか | Q4へ | 調整金による次年度使用を検討 |
Q4. 翌年度内に研究を完了できる見込みがあるか | 繰越を申請。証拠書類をそろえて理由書を作成 | 計画の見直しを事務・共同研究者と相談 |
どのルートでも、「今年度の研究を止めない」ための選択肢として、レンタル・リース、受託測定、デモ機での事前検証は検討の価値があります。レンタルやリースの費目の扱いは科研費のレンタル・リースと備品の違いで解説しています。
装置の購入が絡むときに先にやっておくこと
繰越の手続きが必要になる原因で多いのは、装置の仕様決定と納期の読み違いです。特に測定装置は、構成(波長域、レンズ、照明、解析ソフト)によって見積も納期も変わります。
- 夏までに測定対象で試す:本当に目的のデータが取れるかを先に確かめると、仕様が早く固まり、納期の見通しも立てやすくなる。進め方はハイパースペクトルカメラのデモ・実機検証の流れにまとめています
- 見積の段階で納期を書面でもらう:年度内納品が可能か、遅れる場合の連絡方法も合わせて確認する。相見積や一者見積理由書の手順は科研費の相見積と一者見積理由書の書き方が参考になります
- 構成品ごとの費目を決めておく:本体・ソフト・消耗品で費目が分かれることがあり、繰越の対象額にも影響する
たとえば分光イメージングの装置であれば、ハイパースペクトルカメラの仕組みとRGBカメラとの違いを押さえたうえで、波長域と撮影方式を先に決めておくと、メーカーとのやり取りが短くなります。価格帯の目安はハイパースペクトルカメラの価格相場にまとめています。
私たちは国産のハイパースペクトルカメラ「irodori」を開発しています。年度内の導入を検討されていて、構成や納期の見通しを早めに確かめたい場合は、製品の概要からご覧いただけたら嬉しいです。
まとめ|繰越は「気づいた月」に動くのがすべて
- 繰越は補助金分のみ。基金分は手続き不要で年度をまたげる
- 条件は「交付決定後の予想し得なかったやむを得ない事由」と「翌年度内に完了する見込み」の両方
- 申請期限は事由の発生月で3回に分かれる(令和7年度交付分は12月19日・1月16日・2月9日)。学内締切はさらに早い
- 使えない場合は調整金による次年度使用を検討。ただし最終年度は使えない
- 装置が絡む課題は、夏までに仕様と納期を固めることが最大の予防策
制度の細部や期限は年度ごとに更新されます。最終判断は、JSPSの当年度の通知と所属機関の研究支援部門の案内で確認してください。
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