樹脂判別ハンディセンサーの価格で公式に公開されているのは89万円台の1機種だけで、他は要見積です。公開価格の中身と、見積を左右する4つの変数、買う前に自社の樹脂で判別できるか見極める順番を整理します。
先に結論だけお伝えします。樹脂判別ハンディセンサーの本体価格で公式サイトに明示されているのは、リコーの「RICOH HANDY PLASTIC SENSOR B150」の希望小売価格898,000円(消費税別)です。同じ機種でも保守年数の違いで978,000円(安心3年モデル)、1,058,000円(安心5年モデル)と段階が設けられており、価格差は本体価格の約9〜18%にあたります。他社のハンディ機は公式に価格を出しておらず、見積は「判別したい樹脂」「黒色の有無」「対象物の形状」「点で測るか面で測るか」の4点でほぼ決まります。なお、この記事は携帯型(ハンディ)の価格と見積の話に絞っています。据置型を含めた方式全体の比較は、据置型も含めたプラスチック材質判別装置の5方式比較で別に整理しています。
結論:公開されている価格は89万円台の1例だけ、残りは見積の4変数で決まる
公式サイトに出ている唯一の価格実例
リコーの樹脂判別ハンディセンサー B150は、希望小売価格が標準モデル898,000円(消費税別)、安心3年モデル978,000円、安心5年モデル1,058,000円と公開されています。仕様は波長域1,000nm〜1,600nm、樹脂判別モードの判定が約2秒、重量285g以下、寸法50(W)×154(D)×76(H)mmです。標準でPE・PP・PVC・PS・PET・ABS・PC・PMMA・PBT・POM・PA・PET-G・PLAの13種類が登録されており、ユーザー側で最大100種類まで追加登録できます。登録されている波形以外のものを測ると「Unknown」と表示される仕様も公開されています。
つまり「ハンディ機は1台100万円前後から」という相場感は、この1機種の公開値からは妥当に読み取れます。ただしそれは、後述する条件に自社の対象物が収まっている場合の話です。
なぜ多くのメーカーは価格を公表しないのか
山本製作所のハンディ型「ぷらしる PI-100」や、アイ・アール・システムが扱うtrinamiXのハンディ近赤外分光器は、公式製品ページに価格の記載がありません。これは不親切なのではなく、ハンディ機の価値が本体のハードウェアより「自社の樹脂を正しく引き当てられるライブラリ(基準スペクトル)」の側にあるためです。標準登録で足りるのか、自社の材料を追加登録する作業が必要なのか、そもそも判別できない材料が含まれていないのか。ここが確定しないと台数も構成も決まらないので、見積が先に出ないという構造になっています。
だからこそ、価格を聞く前に自社側で決めておくべきことがあります。それを整理する前に、なぜ手元のカメラやAIでは代替できないのかを押さえておきます。
AI外観検査で材質が採れなかったのは、設定ではなく原理の問題
RGBカメラに写っているのは色と形だけ
生産技術の現場で「AI外観検査を入れたのに樹脂の種類が分けられなかった」という話は珍しくありません。これは学習データ量やアノテーションの問題ではなく、入力に材質の情報が含まれていないことが原因です。一般的な産業用RGBカメラは赤・緑・青の3バンドで明るさを記録する装置なので、得られるのは色と形状、そして表面のテクスチャだけです。同じ黒のPPと黒のPA、同じ乳白色のPEとPPは、RGBの数値としてはほぼ同一になります。したがって、どれだけ良いモデルを載せても同色異樹脂は原理的に分離できません。外観検査そのものがどこで崩れるかは外観検査の自動化が失敗する原因の分類でも整理しています。
近赤外が見ているのはC-H・O-H・N-Hの倍音と結合音
一方、樹脂判別ハンディセンサーの主力である近赤外分光(NIR)は、色ではなく分子の振動を見ています。近赤外領域は波数で4,000〜12,500cm⁻¹(波長で概ね800〜2,500nm)にあたり、この領域に現れる吸収は、C-H・O-H・N-Hといった水素を含む結合の基準振動の倍音および結合音によって生じます。PEとPPは主鎖・側鎖のC-Hの数と環境が違い、PETやPAは酸素や窒素を含む結合を持つため、同じ色でも吸収パターンが異なります。ここが「色では分けられないものが、スペクトルでは分けられる」根拠です。面全体を分光して撮る考え方については、分光を画像として撮るハイパースペクトルカメラの仕組みにまとめています。
近赤外は「弱くてブロードな吸収」なのでライブラリ照合が前提になる
ただし近赤外の吸収は、中赤外(MIR)に比べて吸収が弱く、ピークがブロードで重なり合って出現します。そのため、1本のピークを見て材質を言い当てるのではなく、既知の物質の基準スペクトルとの比較や多変量解析(ケモメトリックス)で判定するのが標準的な手順です。ハンディ機が「13種類を標準登録し、最大100種類まで追加登録できる」という仕様になっているのは、この原理の必然です。登録されていない樹脂は、性能が悪いから外れるのではなく、照合先が無いので「Unknown」になります。
ハンディで選べる樹脂判別方式の比較と、黒色樹脂の壁
方式ごとに「何を見ているか」が違う
方式 | 何を見ているか | 判別できるもの | 黒色樹脂 | 価格情報の公開 | 向く用途 |
|---|---|---|---|---|---|
近赤外(NIR)ハンディ・短波長型(例:1,000〜1,600nm) | C-H等の倍音・結合音 | PE/PP/PVC/PS/PET/ABS/PC/PMMA/PBT/POM/PA等の樹脂種(標準13種+最大100種の追加登録) | 判別不可(黒色・濃色系は判別できないと明記) | 公開あり(898,000〜1,058,000円・税別) | 受入材料の材質確認、現物の取り違え防止 |
近赤外(NIR)ハンディ・拡張型(1,300〜2,350nm) | 同上(長波長側まで取得) | ABS/PET/PVCを含む33種のポリマー識別モードを搭載 | 公式に黒色対応の明記なし | 非公表(要見積) | 扱う樹脂種が多い、繊維も混在する現場 |
ハンディ蛍光X線(XRF) | 含有元素 | Br・Pb・Cd等の元素、無機系の顔料・充填材・難燃剤のスクリーニング | 色の影響を受けにくいが、樹脂種そのものは判定できない | 非公表(要見積) | RoHS・臭素系難燃剤のスクリーニング |
ラマン分光 | 分子振動による散乱光 | 分子情報から樹脂種 | 黒色でも分子情報を取得できる(実用例はライン型の選別装置) | 非公表(要見積) | 黒色・濃色が混ざる対象 |
ハイパースペクトルイメージング(設置型) | 分光+画像(面で取得) | 面内の樹脂種の分布 | 近赤外域では黒色の制約は同じ | 非公表(要見積) | 全数検査、ラインでの連続選別 |
この表で伝えたいのは優劣ではなく、見ている物理量が違えば答えられる質問も違うということです。「規制物質が入っていないか」を知りたいのに樹脂種の判別機を買っても解決しませんし、逆もまた同じです。
黒色(カーボンブラック配合)はNIRでは原理的に苦手
価格を検討する前に必ず確認すべき分岐がここです。黒色プラスチックは近赤外線を吸収してしまうため、反射する光の波形を測定することができず、材質を判別することはできないと、メーカー自身が明記しています。リコーのB150も「黒色や濃色系の樹脂は判別できません」と仕様に記載しています。したがって、対象物に黒色品が多く含まれるなら、NIRハンディ機を買っても目的は達成できません。
回避策としては、レーザー光を照射して分子情報を取得するラマン分光や、中赤外域を使う方式があります。キヤノンはトラッキング型ラマン分光技術を用い、黒色プラスチック片とその他の色のプラスチック片を同時に選別する装置(TRシリーズ/TR-S1510)を2024年に受注開始しており、最大1t/時の選別が可能とされています。ただしこれはライン型の選別装置であり、ハンディ機で黒色を安定的に判別できると期待するのは早計です。学術的にも、中赤外吸収法が黒色プラスチック識別の新しい例として報告されている段階です。
見積を左右する4つの変数と、買ってから気づく制約
変数①:判別したい樹脂のリストと登録数
最初に決めるのは「何と何を分けたいのか」です。標準登録の12〜13種で足りるのか、社内グレードや調達先ごとの材料を追加登録する必要があるのか。追加登録は装置の機能として用意されていますが、基準となる現物サンプルを揃える作業は自社側の仕事になります。ここの手間を見積に含めるかどうかで、提示される金額と納期は変わります。
変数②:黒色・濃色品の比率
対象物のうち黒色・濃色が何割かを数えてください。ゼロならNIRハンディ機で話が進みます。半分以上が黒なら、ハンディ機の価格比較をする前に方式の議論に戻るべきです。この1問で、検討する装置のレンジが変わります。
変数③:対象物の形状・表面・状態
公開されている仕様には、実務で効く制約が書かれています。山本製作所のPI-100では、測定には1cm角程度のサイズが必要で、透明樹脂は白色リファレンス板を背後に当てる必要があり、表面塗装・メッキ品、アロイプラ、スーパーエンプラは判別不可とされています。薄いフィルム、細い繊維、油や土砂が付いた表面、多層構成の成形品は、いずれも「測れるが答えが合わない」典型です。光学式は表面の情報を読むため、汚れや塗膜が樹脂本来のスペクトルを覆ってしまいます。
変数④:点で測れば足りるか、面で全数見たいか
ハンディ機は基本的に点計測です。作業者が対象物にセンサーを当て、数秒で1点の答えを得る道具であり、流れているものを全数判定する用途には向きません。受入検査の抜き取りや取り違え防止なら点計測で十分ですが、「ラインを流れる全数の材質を保証したい」という要件なら、必要なのはハンディ機ではなく設置型の分光イメージング系です。ここを混同したまま見積を取ると、金額の桁が合わなくなります。
買ってから気づきやすい制約
- 未登録の樹脂は「Unknown」になる。精度不足ではなく照合先が無いだけなので、ライブラリ整備の計画が必要
- 近赤外の吸収はブロードで重なるため、似た樹脂同士(例:PE系のグレード違い)は分離条件の作り込みが要る
- 添加剤・充填材・難燃剤が多い材料はスペクトルが変わる。元素レベルの確認はXRF等の別手段が必要
- 判定は「登録された候補の中で最も近いもの」を返す。未知材料が混ざる工程では、判定結果の扱いを運用ルールで決めておく
2026年度に使える補助金・助成金
ハンディ機1台でも、測定作業の標準化や検査工程の省力化として補助金の対象になり得ます。2026年9月時点で公式サイトに掲載されている状況は次のとおりです。
- 中小企業省力化投資補助金(一般型):申請受付期間は2026年9月18日〜10月16日、補助上限は最大1億円、補助率は1/2以下もしくは1/2〜2/3とされています。カタログ注文型は随時受付中です(出典:ミラサポplus 省力化投資補助金)。
- デジタル化・AI導入補助金2026(中小企業デジタル化・AI導入支援事業):通常枠・インボイス枠・セキュリティ対策推進枠の1次締切は2026年9月29日17:00、交付決定日は2026年11月9日予定です。複数者連携枠の1次締切は2026年10月30日17:00です(出典:デジタル化・AI導入補助金2026 事業スケジュール)。
- ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金:第23次締切の申請締切は2026年5月8日17:00で、受付は終了しています(出典:公募要領について|ものづくり補助金総合サイト)。後継として新事業進出・ものづくり商業サービス補助金の第1回公募要領が中小企業庁から公開されています。
採択を保証するものではなく、枠や要件は年度内でも変わります。公募時期・要件は必ず公式サイトで最新情報をご確認ください。検査・測定設備を補助金で導入する際の考え方は省力化投資補助金で検査設備を導入するときの要件整理にもまとめています。
私たちは国産のハイパースペクトルカメラ irodori を開発しており、補助金を使った検討のご相談をいただくこともあります。irodori の導入が補助金の対象になり得るか、まずはお気軽にご相談ください。
失敗しない導入ステップ:短期PoCで何を確かめるか
ハンディ機でもイメージング系でも、順番を間違えるとお金だけが動きます。次の5ステップで進めると、装置を買う前に答えが出ます。
- 目的を1文にする:「受入時の樹脂の取り違えをゼロにする」「黒色を含む混合材から2種を分ける」など、判別したい組み合わせを具体的に書く
- 現物を仕分ける:対象物を色(黒・濃色/それ以外)、形状(1cm角以上/フィルム・繊維)、表面(素地/塗装・メッキ)で分類し、それぞれの比率を出す
- 分けられるかを実測する:カタログの判別樹脂リストではなく、自社の現物で分離できるかを確かめる。点計測で足りるか、面で撮る必要があるかもここで判断する
- 運用を決める:ライブラリ登録の担当、Unknownが出たときの扱い、再測定のルール、校正の頻度を先に決める
- 台数と設置形態を確定して見積を取る:4つの変数が埋まった状態で相談すれば、価格の比較が意味を持つ
ステップ3で「点計測では足りない」「黒色が多い」と分かった場合は、面で分光して撮るアプローチが選択肢になります。私たちが開発しているirodoriの仕様と測定波長の考え方もその一つです。
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(実績一覧)。記事の最後で恐縮ですが、もし樹脂の判別でお困りでしたら、判別できる条件と限界をまとめた資料だけでもご覧いただけたら嬉しいです。




