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内視鏡AI診断支援は今どこまで?承認済み技術と分光イメージング研究の現在地

内視鏡のAI診断支援は、どこまでが承認済みでどこからが研究段階なのでしょうか。本記事では保険収載された病変検出支援の現在地と、ハイパースペクトルイメージングを含む次の研究テーマを一次情報で整理し、研究の組み立て方まで見通せる状態にします。

結論から整理します。内視鏡のAI診断支援のうち、大腸ポリープの「検出支援」と「鑑別支援」は、すでに薬機法上の承認を得たプログラム医療機器として存在し、2024年度診療報酬改定では保険点数の加算対象にもなりました。ただし日本消化器内視鏡学会が明記しているとおり、最終的な判断を行うのは医師であり、AIはあくまで支援の位置づけです。一方で、内視鏡画像に「色」ではなく「連続したスペクトル」という別軸の情報を足すハイパースペクトルイメージングは、いまだ ex vivo 中心の研究段階にあります。この記事は、その線引きを一次情報で確認したうえで、研究テーマとして何が残っているかを整理するものです。

内視鏡のAI診断支援は、いまどこまで実用化されているか

まず、承認と保険収載という2つの事実から現在地を確認します。ここを曖昧にしたまま研究計画を立てると、既に実用化された領域を重複して追いかけることになります。以下はいずれも公的機関・研究機関の公表資料で確認できる範囲です。

承認されたプログラム医療機器としての位置づけ

国内で最初に注目されたのは EndoBRAIN です。日本医療研究開発機構(AMED)の発表によれば、昭和大学・名古屋大学・サイバネットシステムが開発したこのソフトウェアは、2018年12月に高度管理医療機器(クラスIII、承認番号 23000BZX00372000)として承認されました。超拡大内視鏡で撮影した大腸の画像から、腫瘍性・非腫瘍性の可能性を数値として出力するもので、臨床性能試験では正診率98%・感度97%が報告されています(AMED プレスリリース)。

その後も承認事例は増えています。国立がん研究センターと日本電気(NEC)が共同開発した「WISE VISION 内視鏡画像解析AI」は2020年11月に承認されました。同センターの発表では、25万枚以上の内視鏡画像で学習し、隆起型病変で約95%、平坦型病変で約78%という検出精度の差も併せて公表されています(国立がん研究センター プレスリリース)。形態によって性能が変わる点は、後述する研究課題とも直結します。

保険収載という「実用段階」の指標

研究段階か実用段階かを判断する材料として、診療報酬は明快です。厚生労働省の令和6年度診療報酬改定資料には、内視鏡的大腸ポリープ・粘膜切除術に対して「(新)病変検出支援プログラム加算 60点」が新設されたと記載されています。算定は内視鏡検査に関する専門的知識と5年以上の経験を有する医師が実施した場合に限られ、診療録への手術概要の記載とプログラム使用時の画面記録の添付が求められます(令和6年度診療報酬改定の概要(医療技術))。

「支援」であって「代替」ではない

日本消化器内視鏡学会は一般向けの解説で、内視鏡AIの機能を病変検出支援と鑑別診断支援の2つに整理したうえで、最終的な判断は必ず医師が行うと明記しています(日本消化器内視鏡学会 一般の皆さまへ)。研究者向けの記事としても、この前提は動かせません。以降で扱う分光イメージングの話も、すべて「医師の判断を支える情報を増やせるか」という文脈にあります。

内視鏡画像に情報を足す4つのアプローチを比較する

内視鏡で得られる情報を増やす方法は、大きく4系統に分かれます。それぞれ何を足しているのか、どの段階にあるのか、何が課題なのかを並べると、研究テーマとして手つかずの領域が見えてきます。各行の根拠は出典で確認できるものに限りました。

アプローチ

足している情報

実用段階

研究上の課題

白色光+AI解析(検出・鑑別支援)

画像の形態的特徴から統計的に導いた病変らしさのスコア

承認済み・一部は保険収載(病変検出支援プログラム加算60点)

学習データへの依存。隆起型に比べ平坦型で検出精度が低いと報告されている

画像強調内視鏡(NBI等の狭帯域光観察)

表層微小血管と表面微細構造のコントラスト

承認済み機器として日常診療で使用

『早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン』では、拾い上げ診断における画像強調観察の有用性は明らかでないとされる(質的診断では推奨)

蛍光イメージング(ICG等)

血流・胆道・肝区域境界といった機能・解剖情報

手術ナビゲーションとして臨床で普及

ICGの至適投与量・タイミングに統一見解がなく、偽陽性腫瘍が38〜50%程度存在するとの報告がある

ハイパースペクトル/マルチスペクトルイメージング

画素ごとの連続した反射スペクトル(吸収・散乱に由来する生化学的情報)

研究段階。ex vivo 中心で、ヒト生体内での実施報告は限定的

撮像速度と動きアーチファクト、軟性内視鏡のファイバ束に由来するハニカム状パターン、データ量と解析時間

出典は順に、厚生労働省 令和6年度診療報酬改定資料、日本消化器内視鏡学会『早期胃癌の内視鏡診断ガイドライン』(日本消化器内視鏡学会雑誌 61巻6号, 2019)、冨岡ほか『肝胆膵外科領域における術中蛍光イメージングの発展』(日本レーザー医学会誌 43巻4号)、および次節で挙げる分光内視鏡の各論文です。表の4行目だけが、他の3行と異なり「まだ承認された医療機器としての形になっていない」ことに注意してください。

内視鏡とハイパースペクトルイメージングの研究動向

ここからが研究段階の話です。ハイパースペクトルイメージングは、画素ごとに数十〜数百の波長帯の反射強度を記録し、色ではなくスペクトル形状で領域を区別しようとする手法です。基礎的な仕組みはハイパースペクトルカメラとは何かを解説した記事で整理していますので、原理から確認したい方はそちらもあわせてご覧ください。

軟性内視鏡への搭載を試みた HySE

ケンブリッジ大学のグループが2019年に Nature Communications で報告した HySE(hyperspectral endoscopy)は、この分野で最も引用される実装のひとつです(Yoon J, Joseph J, Waterhouse DJ, et al. A clinically translatable hyperspectral endoscopy (HySE) system for imaging the gastrointestinal tract, Nat Commun, 2019)。ラインスキャン方式の分光計測と広視野の白色光画像を同時取得し、手持ち操作で生じる歪みを計算で補正してハイパースペクトルキューブを再構成する設計です。波長域は400〜750nm、内視鏡応用では450〜710nmが解析対象とされています。

実証範囲は、鶏肉組織の識別、ファントムでの血中酸素飽和度計測、ヒトの食道・胃の切除標本(正常粘膜、バレット食道、食道癌)、およびブタ食道での撮像です。ヒト生体内での実施は報告されていません。論文自身が、キューブ再構成の後処理におよそ50秒を要すること、コントラストの低い均質な領域では特徴抽出が難しくなることを限界として挙げています。

軟性内視鏡特有の「ハニカム」という壁

軟性内視鏡では画像がファイバ束を経由するため、ハニカム状の格子パターンが重畳します。Regeling らは喉頭を対象に、このパターンを情報損失を抑えて除去するフィルタリング手法を設計し、前処理の有無で分類性能が大きく変わることを示しました(Regeling B, Thies B, Gerstner AO, et al. Hyperspectral Imaging Using Flexible Endoscopy for Laryngeal Cancer Detection, Sensors, 2016)。硬性内視鏡で成立した手法が軟性内視鏡でそのまま動かない、という実務上重要な示唆を含んでいます。

リアルタイム化に向けた解析側の工夫

データ量の問題は解析側でも扱われています。Grigoroiu らは5層の畳み込みニューラルネットワークを用い、ハイパースペクトル内視鏡データのオンライン分類を試みました(Grigoroiu A, Yoon J, Bohndiek SE. Deep learning applied to hyperspectral endoscopy for online spectral classification, Sci Rep, 2020)。ただし訓練・評価の主対象はマクベスカラーチャートの18色で、平均正解率94.3%・8.8fpsという数値は色票の識別性能であり、病変の識別性能ではありません。この区別は、論文を引用する際に取り違えられやすい箇所です。照明源側からのアプローチとしては、マイクロLEDアレイを用いた実装も報告されています(Modir N, et al. LED-based Hyperspectral Endoscopic Imaging, Proc SPIE, 2022)。

私たちがこれまで関わってきた範囲

Invisible World を運営する Milk.株式会社も、大腸を対象とした分光データの識別可能性について学会発表を重ねてきました。ハイパースペクトルによる大腸癌の識別可能性ハイパースペクトルデータによる大腸境界病変の識別ハイパースペクトルカメラによる大腸癌のステージ別検知などがそれにあたります。いずれも医療機関との共同研究における検討であり、内視鏡搭載機として成立したものではありません。また薬事開発に関する学術指導は、長崎大学病院 臨床研究センターのセンター長・教授である谷城博幸氏よりAMDAPを通じていただいています(会社概要・アドバイザー)。

上図に示した正答率は、いずれも研究段階における分類実験の結果であり、診断性能を示すものでも、承認された医療機器の性能を示すものでもありません。対象・前処理・サンプル数が変われば数値は変わります。

関連する領域として、医療応用5領域の到達点と限界腫瘍境界の可視化に関する研究段階の4手法組織酸素飽和度の計測手法も別記事で整理しています。

これまで私たちは、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました。技術的な前提を先に確認したい方に向けて、技術解説の資料をご用意しています。

研究として何が難しいか

この領域を研究テーマとして選ぶなら、以下の未解決課題を最初に見積もっておくことをおすすめします。楽観的な見通しで始めると、データ取得の段階で計画が止まりやすい領域です。

  • 撮像時間と動き。消化管は蠕動し、術者の手も動きます。ラインスキャン方式は面を走査するため時間がかかり、その間の動きがそのまま歪みになります。HySE が広視野画像による計算補正を採用したのは、この制約への対処です。
  • 後処理の時間。HySE ではキューブ再構成に約50秒を要すると報告されています。検査中のフィードバックを想定するなら、この桁を数十分の一にする必要があります。
  • ファイバ束由来のパターン。軟性内視鏡ではハニカム状パターンの除去が前提工程になり、その手法の選択が下流の分類性能を左右します。
  • 照明の不均一。管腔内では被写体距離と入射角が場所ごとに変わり、反射スペクトルの絶対値が安定しません。白色基準の取り方が課題として残ります。
  • 深達度の原理的な限界。可視から近赤外域の反射スペクトルが主に反映するのは表層の情報です。深部の情報を同じ枠組みで扱うことはできません。
  • データ数と一般化。この分野の報告はサンプル数が少ないものが多く、施設・機材・前処理が変わると再現しないことがあります。少数例の精度をそのまま一般化しない姿勢が要ります。

研究として進めるときの組み立て方

実際に着手する場合の順序を整理します。分光イメージングは「撮ってから考える」が最も失敗しやすい手法なので、取得前の設計に時間を割く価値があります。

  1. 研究計画:問いを1つに絞る。「病変を識別できるか」ではなく、「どの波長帯のどの特徴量が、対象領域と対照領域で有意に分かれるか」まで落とし込みます。ここが曖昧だと、必要な波長域も分解能も決まりません。
  2. 倫理審査等の手続き:所属機関の規程を先に確認する。ヒト由来試料や患者データを扱う研究では、所属機関の倫理審査委員会の承認をはじめとする手続きが必要になります。要件は研究の種別・機関・関係する指針によって異なるため、計画の初期段階で所属機関の担当部署に確認してください。本記事で具体的な要件を断定することはできません。
  3. 機器選定:波長域・分解能・撮像速度の3点で絞る。ヘモグロビンに関連する情報を狙うなら可視域が中心になります(ヘモグロビンの吸収波長と等吸収点で整理しています)。撮像速度は、対象が動くかどうかで要求が一変します。
  4. データ取得:白色基準と照明条件を固定する。取得ごとに参照板を撮る、照明の位置と距離を記録する、といった運用を最初に決めておきます。後からの補正には限界があります。
  5. 解析:次元削減と検証設計を先に決める。数百バンドをそのまま学習に投げると過学習します。被験者単位で分割した検証を組み、施設をまたいだ再現性の確認まで計画に含めておくと、査読での指摘を減らせます。

研究費の調達について

機器の導入を伴う場合、科学研究費助成事業(科研費)を財源とする選択肢があります。制度の詳細・種目・応募要件は日本学術振興会の科研費公式サイトで公開されています。設備備品費と消耗品費の区分、納期と検収の実務については研究機器を科研費で購入する手順をまとめた記事で扱っていますので、そちらをご覧ください。公募時期・要件は年度によって変わります。必ず公式サイトで最新情報を確認してください。

まとめ:どこに研究の余地が残っているか

内視鏡のAI診断支援は、白色光画像を入力とする検出・鑑別支援については承認と保険収載という段階に達しました。一方で、入力そのものを変える方向、すなわちスペクトル情報を軟性内視鏡で実用的な速度で取得する部分は、いまも研究段階にとどまっています。撮像速度、ファイバ束由来のパターン、照明の不均一という3点が、そのまま研究テーマとして残っている状態です。

受賞歴・メディア報道・学術成果は実績一覧にまとめています。私たちが提供しているのは研究用の分光イメージング機器とデータであり、診断のための医療機器ではありません。波長域や撮像速度が検討中のテーマに見合うかは条件で変わるため、仕様や過去の実証範囲をまとめた資料をご用意しました。共同研究・学術相談についてもお問い合わせからご相談いただけます。

よくある質問

内視鏡のAI診断支援には、すでに保険が適用されていますか。

大腸に関しては適用されている項目があります。厚生労働省の令和6年度診療報酬改定資料には、内視鏡的大腸ポリープ・粘膜切除術に対する「病変検出支援プログラム加算 60点」の新設が記載されています。算定には、内視鏡検査に関する専門的知識と5年以上の経験を有する医師が実施すること、診療録への記載や画面記録の添付などの要件があります。

ハイパースペクトル内視鏡は臨床で使えますか。

現時点では研究段階です。Nature Communications 2019年の HySE の報告でも、実証されたのは切除標本やブタ食道などであり、ヒト生体内での実施は報告されていません。承認された医療機器として臨床で用いられている段階ではありません。

NBIなどの画像強調内視鏡とハイパースペクトルイメージングは何が違いますか。

NBIは特定の狭い波長帯の光を当てて、表層微小血管や表面微細構造のコントラストを高める手法で、承認された機器として日常診療で使われています。ハイパースペクトルイメージングは画素ごとに数十から数百の波長帯の反射強度を連続的に記録し、スペクトル形状から領域の違いを分類できないかを検討する研究段階の手法です。得られるデータの次元と、実用段階が異なります。

論文に出てくる正解率の数値は、そのまま病変の識別性能と考えてよいですか。

いいえ。たとえば Scientific Reports 2020年の報告にある平均正解率94.3%は、マクベスカラーチャート18色の識別性能であり、病変の識別性能ではありません。また分光イメージングの研究報告はサンプル数が少ないものが多く、施設・機材・前処理が変わると再現しないことがあります。数値が何を対象に測られたかを確認してください。

irodori は内視鏡に搭載できますか。

現行の irodori は内視鏡への搭載を前提とした製品ではなく、研究用の分光イメージング機器です。医療機器としての承認は受けていません。研究テーマに対して波長域・空間分解能・撮像速度が見合うかは条件によって変わりますので、仕様資料をご確認いただくか、共同研究・学術相談としてお問い合わせください。

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