ダムの漏水調査でまず問われるのは、目の前の漏水が異常なのかどうかです。漏水量の増加や濁りをどう切り分け、次に何を測るか。日常の監視で説明がつく範囲と、サーモグラフィや分光計測で面を見るべき範囲を、判定チャートと原因切り分け表で整理します。
結論から言えば、ダムの漏水はそれ自体が異常を意味しません。漏水量は設計上あらかじめ考慮されている量であり、異常かどうかは「貯水位・降雨・水温との対応が崩れたか」で判断します。国土交通省の河川砂防技術基準では、漏水量・変形・揚圧力・浸潤線の経時的な変動を貯水位等の荷重状態の変化と併せて把握することが基本とされています(河川砂防技術基準 維持管理編(ダム編))。したがって調査の第一手は、新しい計測機器の導入よりも既存記録の読み直しです。
ダムの漏水は「異常」とは限らない|何を基準に判断するか
河川砂防技術基準では、漏水量について「設計上考慮されているものを指しており、コンクリートダムでは排水量、フィルダムでは浸透量が相当する」と明記されています。つまり監査廊の排水や下流法面の浸み出しは、量と性状が従来どおりであれば想定の範囲内です。判断の対象は絶対量よりも、変化のしかたにあります。
同基準は、各ダムが設計条件・試験湛水時の挙動計測結果・経時的な計測値を踏まえて管理基準値を設定することを推奨事項として挙げています。管理基準値はそのダムの履歴から導かれる固有の線であり、全国一律の数値は存在しません。他のダムの数値を持ち込んでも判断には使えません。
日常点検が見ている手がかり
同基準の例示では、巡視と日常点検で次のような点を確認するとされています。漏水調査を外部に依頼するときも、この記録がどこまで揃っているかが出発点になります。
- 監査廊・堤体のひび割れや継目、水平打継目からの漏水とエフロレッセンスの有無
- 堤体の堤趾部や両岸の基礎地盤からの漏水の有無
- 基礎排水孔や浸透流観測孔からの排水、漏水の濁りの有無
- 三角堰の堰板・整流板・水位計の状態(計測値そのものの信頼性)
- 下流河川の急激な河床洗掘の有無
河川管理者が行う定期検査では、これらを踏まえた判定区分が設けられています。ダム定期検査の手引きによれば、総合判定はA(直ちに措置を講じる必要がある)、B1(安全性及び機能は保持されているが速やかに措置)、B2(必要に応じて措置)、C(影響を及ぼすおそれがないと判断され状態監視を継続)の4区分です。漏水・変形・揚圧力・間隙水圧・浸潤線はそれぞれ個別に検査され、ひとつでもa判定があれば総合はAになります。
検査の着眼点は型式で分かれます。コンクリートダムでは漏水量の計測結果と濁りの有無に加え、基礎排水孔や最大断面の揚圧力、貯水位に対する基礎揚圧力の関係と設計揚圧力との比較を見ます。フィルダムでは浸透量と濁り、間隙水圧、水位観測孔による浸潤線、そして堤体下流面やダムと地山の取付け部付近の浸み出しが対象です。
フィルダムの浸透量は三つの成分に分けてから読む
浸透量が増えたという事実だけでは、貯水池からの浸透が増えたとは言えません。集水堰で計測している浸透量には、貯水池からの浸透水のほかに降雨による影響と地山からの湧水が混ざっています。中部地方整備局の報告では、浸透量を①貯水池からの浸透量、②降雨による影響、③その他(地山からの湧水など)に分けて評価する手法が示されています(フィルダム浸透量を定量的に評価するための貯水位と降雨の影響評価)。
同報告では「降雨の影響が小さいと考えられる状況」として7日雨量50mm以下の条件を選び、その状況での貯水位〜浸透量の相関図から基準を作っています。降雨後は浸透量が降雨前の値に戻るまで多くの日数を要するため、雨のあとの単発の数値を前の値と並べても意味のある比較になりません。異常を疑う前に、同じ条件下のデータを並べ直す作業が必要になります。
異常かどうかの判定チャート|既存監視で足りるか、面で見るべきか
以下は、観察された事象から次の一手を決めるための判定チャートです。左から順に読み、「次に測ること」で説明がつけば面計測は不要です。説明がつかない、あるいは発生箇所そのものが分からない段に進んだときに、面で見る計測が意味を持ちます。
観察された事象 | まず確認すること(既存監視) | 説明がつく場合の読み | 説明がつかない場合の次手 |
|---|---|---|---|
漏水量・浸透量が増えた | 直近7日雨量と貯水位。同条件(低雨量時)の過去データと比較 | 降雨応答または貯水位上昇に伴う想定内の変動 | 水温・電気伝導率を測り、起源の候補水と比較 |
貯水位が下がったのに漏水量が減らない | 地山湧水の寄与、計測堰の集水範囲 | 地山からの湧水が主成分 | 漏水箇所の標高を貯水位との対応から絞り込む |
漏水に濁りが出た | 濁度の経時変化、流入水の濁り、出水履歴 | 流入濁水や工事に伴う一時的な濁り | 堆積物を採取し、コンクリート由来成分・地盤成分を分析(土砂の流出=パイピングの懸念) |
揚圧力・間隙水圧が上がった | 貯水位との関係、設計揚圧力との比較、排水孔の目詰まり | 排水機能の低下など局所要因 | 基礎処理の再評価、ボーリング調査 |
下流法面・取付け部に浸み出しが見える | 浸潤線(水位観測孔)、過年度写真との比較 | 従来からある湧水点 | サーモグラフィ・分光計測で濡れ面の分布を面で把握し、点の計測位置を決める |
どこから出ているか分からない | 巡視記録、継目・打継目の位置、既往の漏水箇所 | 既知の箇所の再発 | 面計測で候補を絞り、トレーサーや水押し試験で検証 |
このチャートで押さえたいのは順番です。面で見る計測は「どこを詳しく調べるか」を決めるための道具であり、原因そのものを答えてくれる道具ではありません。先に既存記録を使い切るほど、後の調査費用は小さくなります。
漏水の原因・経路を切り分ける|部位別の現れ方と確認手段
ダムの漏水経路は、堤体内・基礎岩盤・継目・構造物周りのどこを通るかで現れ方が変わります。下表は部位ごとに、どう現れ、何で確認するかを整理したものです。
想定される経路 | 現れ方 | 主な確認手段 | 判断の目安 |
|---|---|---|---|
堤体内の浸透(フィルダムのコア、コンクリートの劣化部) | 浸透量の漸増、浸潤線の上昇、下流法面の湿潤域の拡大 | 水位観測孔、浸透量と貯水位の相関、面計測による湿潤域の把握 | 貯水位に素直に追随するか。追随が鈍い・遅れが変わったら要注意 |
基礎岩盤・遮水カーテン(グラウト) | 基礎排水孔の排水量増加、揚圧力の上昇 | 揚圧力計、ボーリング孔の水質・同位体調査 | 設計揚圧力との比較、貯水位に対する揚圧力の関係の変化 |
横継目・止水板前面 | 特定の継目排水孔だけ漏水量が多い、貯水位の一定標高を超えると急増 | 継目排水孔ごとの漏水量、トレーサー、止水板前面の水押し試験 | 他の継目との比較。急増が始まる貯水位標高が経路の高さを示す |
水平打継目 | 下流面の特定標高からの線状の漏水、エフロレッセンス | 上流面のクラック調査、pH測定、ボーリング調査 | 上流面のクラック分布と下流面の漏水位置の対応 |
構造物周り(取水設備・放流管の埋戻し部、ダムと地山の取付け部) | 取付け部付近の浸み出し、構造物近傍に限った漏水 | 目視、トレーサー、面計測(立入りにくい箇所の把握) | 漏水が構造物の位置に集中しているか |
地山からの湧水(漏水ではない) | 貯水位と無関係な定常的な流量、降雨に強く応答 | 電気伝導率・イオン分析、貯水池水との比較 | 貯水池水と水質が異なれば貯水池起源ではない |
水温と水質で「どこの水か」を絞る
最も費用対効果が高い切り分けは、水温と現場測定可能な水質です。近畿地方整備局が報告した大滝ダムの事例では、試験湛水中に特定の継目排水孔からの漏水量が管理基準値を超過した際、漏水の水温が貯水温に近いことから上流(貯水池)からの漏水と推定しています(大滝ダム試験湛水堤体継目漏水への対応)。水温計1本で起源の方向が絞れる例です。
水質分析まで進めると、比較による推定の精度が上がります。土木学会論文集に掲載された川浦ダムの地下水流動調査では、トリチウム・酸素-18・重水素の同位体データを用いた多変量解析でイオン濃度からは判定できない経路が示され、現場測定可能な電気伝導度および硝酸イオンが貯水池水の到達を知る指標として有効だったと結ばれています(水質・同位体を利用した川浦ダム・川浦鞍部ダム初期湛水時地下水流動調査)。同論文では、ダムのように調査対象領域が広い場合、費用・時間と地下水汚染の問題から人工トレーサーが適用されることは少ないとも述べられています。
貯水位との対応で「標高」を絞る
漏水量と貯水位の対応は、経路の高さを推定する手がかりになります。大滝ダムの報告では、前回試験湛水以降の記録から、ある標高で水位を保持した年の継目漏水量が2L/min程度だった一方、より高い水位を経験した年には10L/minを超えており、この差から漏水の原因箇所が二つの標高の間にあると推定しています。
国土技術政策総合研究所がまとめた長島ダムの事例でも、下流面の水平打継目からの漏水が出現したのは継目排水孔の漏水量が急増した貯水位を超えてからであり、上流面のクラック分布・セメント投入時のpH反応箇所・止水板前面の水押し試験の結果を重ね合わせて想定漏水経路を組み立てています(長島ダム クラックおよび漏水の調査)。複数の調査を重ねて初めて経路の絵が描けるという点が、実務上の相場観として参考になります。
原因箇所が特定できないこともある
正直に書くと、調査を尽くしても原因箇所が特定できない事例は珍しくありません。大滝ダムでは前回試験湛水時にトレーサーを用いた調査を実施しましたが、監査廊内の該当する継目排水孔からトレーサーの明確な反応は確認できず、報告時点で原因箇所の特定には至っていないとされています。それでも漏水量は経年的に減少し、水温と水位応答から経路の性質は絞り込まれました。「特定」ではなく「安全性の説明がつく状態」を目標に置くほうが、現実的な調査計画になります。
一方で、経路が見つかれば対策は早く打てます。水資源機構が公表した池田ダムの事例では、累計330.4mmの降雨で満水になった翌日に堤体巡視で下流面からの漏水を発見し、毎分約80リットルの漏水を確認、調査でコンクリート打継面に上流面から下流面へ抜ける水みちが見つかり、充填材注入による補修に進んでいます(堤体下流面の漏水について)。巡視で見つけ、水位を保持しながら調べ、注入して効果を確認するという流れが時系列で読める資料です。
なお、埋設された水道管の漏水調査は対象が配管内の圧力水であり、音聴やトレーサーガスで管路上の一点を探す調査です。本記事が扱うダムの堤体・基礎からの漏水は、広い面と岩盤を相手に経路と起源を推定する調査であり、使う手段も判断の筋道も別物になります。上水道の配管を調べたい場合はそちらをご覧ください。
サーモグラフィ・分光計測の守備範囲と限界
面で見る計測が効くのは、「どこを詳しく調べるか」が決まっていない段階です。下流法面や両岸の取付け部のように立入りが難しく範囲が広い場所で、湿潤域や湧出点の分布を把握して点の計測位置を決める。この用途では費用対効果が出ます。逆に、既知の1点の漏水量を監視するだけなら三角堰のほうが確実です。
実証例もあります。令和5年度砂防学会研究発表会で報告された調査では、UAVに搭載した近赤外マルチスペクトルカメラ(1050・1150・1300・1500・1600nmの5波長)で、河道閉塞(天然ダム)の堤体下流側や崩壊斜面における湧水の把握を試み、スペクトル相対反射強度と含水状態の間に強い相関を認め、湧水などの土壌水分の把握は可能と結論づけています(UAVに搭載した近赤外マルチスペクトルカメラによる土壌水分計測の有効性と課題)。
分光が効くのは「水の吸収帯」を使えるとき
分光計測が水を捉えられる理由は、水分子の振動による吸収が特定の波長に現れるためです。コンクリート工学年次論文集に掲載された研究では、セメントペースト中の水の吸収ピークが波長1450nm近傍に確認され、1443nmと1365nmの吸光度の差分が水分量と線形の関係にあると報告されています(近赤外線分光法によるコンクリート中の液状水量の推定に及ぼす影響要因の検討)。ただし同研究では、同一の液状水量でも水セメント比が小さいほど吸光度の差分が小さくなることも報告されており、材料条件に応じた検量線が必要になります。
ここに実務上の制約が入ります。1450nm帯は短波長赤外(SWIR)の領域で、可視〜近赤外のみに感度を持つカメラでは使えません。加えて前述の砂防学会の報告では、1450nm帯は大気中の水蒸気による吸収の影響が非常に大きいため、その影響が緩和される1500nmを特徴波長として採用したと述べられています。どの波長を使えるかはセンサーの波長域と撮影距離で決まるため、ハイパースペクトルカメラの仕組みを押さえたうえで、目的の波長が取得できる機種かを確認する必要があります。
向かない場面と、前提として必要な条件
サーモグラフィと分光計測には、現場で効きにくくなる条件がはっきりあります。発注前に次の点を確認しておくと、期待値のずれを防げます。
- 水中は見えない。上流面や貯水池内の吸い込み口は、水面より下にある時点で光学計測の対象外になります。水位を下げるか、別手段が必要です
- 濡れ面の温度差は条件依存。サーモグラフィは表面温度の差を画像にする手法であり、湧水と周囲の温度が近い時間帯、日射が当たって表面が暖まっている時間帯、風で表面が冷える状況では差が出ません。撮影時刻と天候の選定が結果を左右します
- 植生と水面が誤差要因になる。砂防学会の報告では、表層土と植生が同程度の指数値を取りうるため植生の除外処理が必要で、水面も映り込んだ像の影響で区別できない場合があるとされています。法面が草に覆われていれば前処理の工数が増えます
- 標準反射板による補正が前提。太陽光は時間と天候で強度が変わるため、計測対象と同時に標準反射板を撮影して相対反射率を求める手順が必要です。曇天と晴天が入り混じる日の広域撮影は条件が揃いません
- 定量評価はまだ発展途上。同報告は、含水率等の定量評価には計測事例数を増やす必要があり、粒径・粒度分布・組成といった水分以外の土質性状も併せて計測し相関を精査する必要があると課題を明記しています。現状は分布の把握と半定量的な評価までと捉えるのが妥当です
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともにハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(実績一覧)。できることとできないことを先に共有したうえで、対象と波長の当たりを一緒に確認する進め方を取っています。
調査を発注する前に決めておくこと
調査会社に相談する前に手元で整えておくと、見積の精度と調査の空振りが大きく変わります。順番は次のとおりです。
- 既存記録を同条件で並べ直す。漏水量(浸透量)・貯水位・降雨・水温を同じ時間軸に重ね、低雨量時のデータだけで貯水位との相関を描く。ここで説明がつく変動なら、調査の対象は計測装置の点検に変わります
- 仮説を1〜2本に絞る。切り分け表のどの経路を疑っているのかを一行で書き出す。仮説がないまま「一式調査」を依頼すると、費用に対して得られる判断材料が薄くなります
- 面で絞るか、点で確かめるかを決める。発生箇所が未知なら面計測から、既知なら水質・トレーサー・ボーリングなど点の検証から入ります
- 何をもって完了とするかを決めておく。原因箇所の特定が難しい場合に備え、「安全性の説明がつく」状態をどう定義するかを事前に合わせておきます
ダム本体のコンクリートそのものの劣化が気になる場合はコンクリート劣化診断の手法比較が、貯水池周辺斜面の動きが気になる場合は斜面監視の手法比較が、それぞれ判断の材料になります。ダム総合点検は管理開始後30年までに着手し、以降30年程度に1回の頻度で実施することが基本とされており(ダム総合点検実施要領)、長期の経年変化を見る節目では堤体・基礎・周辺斜面をまとめて棚卸しすることになります。
対象の条件を伺えば、面計測が向くのか、既存監視の読み直しで足りるのかの見立てはお伝えできます。製品の仕様と計測事例をまとめた資料をご用意していますので、検討材料としてお使いください。




