科研費の相見積は何社から取ればよいのか、一者見積の理由書には何を書けばよいのか。発注直前に手続きで止まってしまった研究者・URA・事務担当の方へ、見積取得から年度内検収までの段取りを手順表で整理しました。
結論を先に書きます。相見積の要否と社数、金額の区分は、科研費そのもののルールではなく、研究者が所属する研究機関の会計規程・契約事務取扱で決まります。科研費の使用ルール(補助条件・交付条件)は「研究機関が管理する」という枠組みまでを定めており、調達や契約の具体的な手続きは各機関に委ねられています。したがって本記事で示すのは「どの機関でも共通して効く段取りと、理由書に書くべき中身の型」までです。最終的な社数・金額・様式は、必ず所属機関の契約事務取扱要領と事務担当者に確認してください。
科研費の相見積のルールは、科研費側ではなく所属機関が決めている
ここを押さえておくと、検索して出てきた他大学の「20万円以上は2社」「150万円以上は入札」といった数字をそのまま自分の機関に当てはめる事故を防げます。
科研費が定めているのは「機関管理」という枠組みまで
日本学術振興会の科研費の使用ルールのうち、2026年度(令和8年度)の研究者使用ルール(補助条件)では、研究代表者・研究分担者は所属する研究機関に「各研究機関が行うべき事務等」に従って補助金の管理を行わせ、諸手続は当該研究機関を通じて行わなければならない、と定められています(1-5)。つまり発注・契約の事務は機関の手に委ねられています。
科研費ハンドブックの2026年度版(研究者用)はさらに踏み込んで、物品の調達等について不明な点は所属機関の科研費管理担当者に相談するよう促し、「契約や調達等に関するルールは各研究機関において定めるものとしており、科研費制度で一律に定めることは行っていません」と明記しています(「機関管理とは?」の節)。相見積の社数が科研費のどこを探しても書いていないのは、そもそも書く場所ではないからです。
最初に開くのは所属機関の契約事務取扱
したがって発注前に読むべきは、所属機関の契約規程・契約事務取扱要領・研究費執行の手引きです。国立大学法人なら規則集に、私立大学なら研究支援部門のハンドブックとして公開されていることが多く、たとえば国立大学法人京都大学契約事務取扱要領や立教大学の2026年度研究費ハンドブック(研究者向け)のように、様式名まで含めて公開されています。費目の判定でつまずいている場合は、科研費の設備備品費と消耗品費の違いを先に整理してから見積依頼に進むと、後戻りが減ります。
金額区分という構造:見積省略・見積合わせ・入札の三段
機関ごとに数字は違っても、置かれている区分の構造は似ています。多くの機関では、おおむね次の三段が設けられています。
- 第一段:見積書の徴取を省略できる少額の範囲。研究者自身の発注を認めている機関もあります。
- 第二段:複数者から見積書を取り、見積合わせ(相見積)で相手方を決める範囲。随意契約の中で競争性を担保する段です。
- 第三段:事務部門や本部契約担当が一般競争入札等の手続きを行う範囲。手続き期間も長くなります。
実際の線引きは機関ごとに本当に違います。京都大学の契約事務取扱要領(第17条)では、契約事務取扱規則に定める額未満の場合など一定の場合に見積書の徴取を省略できるとしつつ、その「額未満」で省略する場合であっても、総額100万円以上の契約を行おうとするときは口頭照会による見積り合わせ、又は市場価格調査等を行うものとする、と二段構えで定めています(これは京都大学の例です)。一方、関東学院大学の公的研究費執行マニュアル(2020年11月公開版)では、受注生産の機械・器具等の特殊な物品を除き20万円以上の物品購入で2社以上から見積書を徴収し見積合わせを行う、1社の場合は特定業者を選定した理由書を添付する、という具体の金額で運用されています。いずれもその機関の規程であって、他機関に当てはまる数字ではありません。同じ「相見積」という言葉でも、閾値も様式も機関の判断です。自分の機関の数字だけを根拠にしてください。
判定チャート:相見積が必要か、一者見積で進められるか
上から順に当てはめ、該当した時点でその行の対応に進みます。
- ①予定価格(参考見積額)はいくらか → 機関の規程で見積省略が認められる範囲内なら、そのまま発注依頼へ。範囲を超えるなら②へ。
- ②その機器は、仕様・性能の要件を満たす製品が複数社から調達できるか → できる場合は相見積(見積合わせ)が原則。できない場合は③へ。
- ③「他に代替品が無い」ことを仕様・性能・互換性・保守の観点で文書化できるか → できる場合は一者見積+理由書(物品選定理由書・業者選定理由書等)で事務に相談。できない場合は、要件を満たす他社製品も含めて相見積へ戻る。
- ④予定価格が入札の区分に入るか → 入る場合は、特定銘柄を指定する場合でも「同等品」の申し出を受ける前提で仕様書を書く必要がある。事務部門との仕様策定の打ち合わせを早めに。
- ⑤いずれの場合も、最終判断は事務局 → 研究者側で結論を出さず、理由書の骨子を持って事務担当に当てる。
なお④は軽視されがちですが、入札や公募型の見積り合わせでは、特定銘柄を指定しても他社が「同等品」として応札してくることがあります。京都大学の公募型見積り合わせ参加者心得では、特定銘柄物品名またはこれと同等のものと特定した場合に、参加者からの同等品の申し出を受け、同等と判断したときに限りその見積書を有効とする、という扱いが定められています。「この型番でなければ研究が成立しない」理由は、銘柄ではなく性能要件の言葉で書いておく必要があるわけです。
見積取得から検収までの工程表
機関差を外して、どこでも共通する工程と詰まりやすい点を並べます。所要日数は余裕を見た目安で、実際は機関と機器によって大きく変わります。
工程 | やること | 詰まりやすい点 | 所要日数の目安 |
|---|---|---|---|
①要件の確定 | 測定対象・必要な性能・設置条件・付帯品を文章にする | 要件が固まる前に見積を取ると、後で仕様変更になり取り直しになる | 数日〜2週間 |
②参考見積の取得 | メーカー・代理店から参考見積とカタログを入手 | 見積書の有効期限・日付・社判の不備。年度をまたぐと失効する | 1〜2週間 |
③金額区分の確認 | 参考見積額を機関の規程に当て、相見積/入札の区分を判定 | 税込・税抜、付帯工事や保守の扱いで区分が変わる | 1〜3日 |
④相見積または理由書 | 複数者から見積を取る、もしくは一者見積の理由書を作成 | 理由書が「使い慣れているから」で止まり差し戻される | 1〜3週間 |
⑤発注依頼・契約 | 購入依頼書等を事務に提出し、事務部門が発注・契約 | 金額区分が上がるほど契約手続きの期間が伸びる | 数日〜2カ月以上 |
⑥納品・検収 | 納品物と発注データを照合し、事務部門の検収を受ける | 研究室内で受け取って終わりにしてしまう | 納品当日〜数日 |
⑦支払 | 請求書を提出し、機関の支払サイクルで支払 | 請求書の提出遅れで年度内処理に間に合わない | 機関の規定による |
⑥の検収は省略できない前提で動かしてください。文部科学省の研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)(令和3年2月1日改正)は、発注・検収業務については原則として事務部門が実施すること、検収の際は発注データ(発注書や契約書等)と納入された現物を照合することを求めています。据付調整を伴う機器なら、設置後の現場での確認まで含まれます。研究室で先に開梱してしまうと検収が成立せず、年度末に処理が止まります。実際の運用例としては、国立大学法人群馬大学の物品等の発注・納品・検収の手引きが、原則すべての物品について事務部担当者が納品検収を行い納品書に検収印を押す、という流れを業者向けにも公開しています。購入手順の全体像は科研費で研究機器を購入する手順と納期・検収の注意点にまとめているので、工程の前後関係はそちらも併せてご覧ください。
仕様の書き方は、見積の前に決まっている
相見積が成立するかどうかは、仕様の書き方でほぼ決まります。「分光できるカメラ一式」では各社の見積が比較不能になり、逆に型番だけを書くと一者見積の理由を自分で説明できなくなります。波長範囲・波長分解能・空間解像度・撮影方式・ワーキングディスタンス・照明条件・出力データ形式・解析ソフトの要否・保守条件まで、性能の言葉に落としてから依頼するのが近道です。見積依頼の前に決めておく項目はハイパースペクトルカメラの見積前に決める7項目で整理しています。センサー自体の選び方から迷っている場合は、ハイパースペクトルカメラの基礎と選び方のガイドから読むと要件を言語化しやすくなります。
私たちは国産のハイパースペクトルカメラ「irodori」を開発しています。記事の途中で恐縮ですが、仕様欄に何を書けばよいか決めきれないという段階でしたら、仕様の一覧が載った資料だけでもご覧いただけたら嬉しいです。
一者見積(特定銘柄指定)の理由書に何を書くか
一者見積の理由書は、要するに「要件を満たす製品が他に無い」ことを、要件の側から説明する文書です。様式名は機関によって物品選定理由書・業者選定理由書・随意契約理由書などと異なりますが、審査する側が見る論点は共通しています。京都大学の契約事務取扱要領でも、物品の銘柄等を特に指定するときは物品の選定に関する決議書を添えることとされており、銘柄指定には必ず選定の説明が伴う建前になっています。
書く項目 | 書き方の型 | NG例 |
|---|---|---|
研究目的と測定要件 | どの研究課題のどの実験に、どの測定性能が必要かを数値で書く | 「本研究の遂行に必要である」だけで、必要な性能値が無い |
必須仕様(性能) | 波長範囲・分解能・精度・速度などを閾値つきで列挙し、閾値の根拠(測定対象の特性等)を添える | 型番をそのまま仕様として書く(銘柄=仕様になっている) |
他製品の検討結果 | 要件を満たしうる他社製品を実名で挙げ、どの要件で不足するかを一つずつ書く | 「他に該当する製品が存在しない」と書くだけで比較の痕跡が無い |
互換性・継続性 | 既存装置との接続、既取得データとの比較可能性、校正の連続性を具体的に書く | 「使い慣れているため」「研究室の慣行のため」 |
保守・サポート | 校正・修理の体制、供給元の限定(独占的な販売権等)を事実として書く | 「サポートが良いため」と主観だけで書く |
価格の妥当性 | 参考見積の内訳、定価からの値引き、類似品や過去実績との比較で説明する | 見積額をそのまま妥当とし、根拠を示さない |
供給元が一者である事実 | 国内唯一の取扱代理店である等、販売経路が限定される事情を記す | 代理店が複数あるのに一者見積にしている |
提出前のチェックリストとして、次の点を自分で確認しておくと差し戻しが減ります。
- 必須仕様が、特定の型番でなく性能の数値で書かれているか
- その数値が「あると良い」ではなく「無いと研究目的が達成できない」水準で選ばれているか
- 検討した他社製品が実名で挙がり、除外理由が要件に紐づいているか
- 互換性・保守の主張が、主観ではなく事実(接続仕様、校正体制、取扱経路)で書かれているか
- 価格の妥当性に触れているか
- 機関所定の様式・添付資料(カタログ、参考見積、仕様書)が揃っているか
年度内検収の逆算と、差し戻しを防ぐ最終確認
納期とリードタイムの逆算
手続きが整っても、年度内に収まらなければ使えません。科研費ハンドブック2026年度版では、補助金分は研究に必要な物品の納品や役務の提供などの期限が3月31日、基金分は研究期間内であれば3月31日以降になっても可と整理されています(原文の表記は「補助金分」「基金分」)。自分の研究種目がどちらの区分かで、締切の性質が変わります。
また2026年度の研究者使用ルール(補助条件)では、新規採択課題は内定通知日以降、継続課題は4月1日から研究を開始し必要な契約等を行えるとされており(2-5)、直接経費は原則として補助事業を行う年度を越えて使用できないと定められています(2-6)。予定の期間内に完了しない見込みとなった場合には、交付決定時には予想し得なかった要因(資材の入手難等)に基づくものとして、様式C-26「繰越を必要とする理由書」により申請する手続きが用意されています(2-8)。
逆算の目安は、工程表の②〜⑦を足し合わせることです。参考見積に1〜2週間、理由書の作成と事務の確認に1〜3週間、契約手続きに数日〜2カ月以上、そこに機器自体の製造・納品リードタイムと据付調整が乗ります。年度末に納品・検収を間に合わせたいなら、見積依頼の着手は数カ月前に置くのが安全です。年度をまたぐ可能性が見えてきた時点での選択肢は、科研費の費目間流用と繰越・調整金の使い分けで整理しています。
よくある差し戻し理由と、この記事の限界
- 理由書が主観で書かれている。「使い慣れている」「実績がある」は要件の説明になっていません。
- 仕様が銘柄そのものになっている。型番を仕様にすると、競争性を欠いたと判断されます。
- 見積書の形式不備。日付・社判・有効期限・明細の単価が欠けている、年度をまたいで失効している。
- 金額区分の判定ミス。本体のみで判定し、付帯工事・保守・ソフトライセンスを足すと区分が上がるケース。
- 発注と検収が同じ研究室で完結している。ガイドラインが求める当事者以外のチェックが効いていない状態です。
- 費目の判定が逆。設備備品費か消耗品費かで手続きそのものが変わるため、見積前に確認が必要です。
正直に限界も書いておきます。この記事は機関に共通する構造と理由書の書き方の型を示すものであり、相見積の社数・金額区分・様式は機関差が大きく、最終的な判断は所属機関の事務局にあります。記事中で挙げた大学の規程は、あくまで「こういう構造で定められている」という実例としての参照です。自分の機関の規程と読み替えてご利用ください。制度の原典は、日本学術振興会の使用ルールと科研費ハンドブックの最新年度版を直接ご確認いただくのが確実です。
発注前のよくある質問
私たちがこれまでにご一緒した現場は、製造(自動車部品・衣料)、食品製造、農業などです。どんな対象をどう測ってきたかはirodori の導入事例に掲載しています。研究計画の段階で仕様や構成を相談したいという段階でも構いませんので、よろしければ資料をご覧ください。




