組織酸素飽和度(StO2)は、組織内のヘモグロビンのうち酸素化ヘモグロビンが占める割合を示す指標で、動脈血を見るSpO2とは測る対象が異なります。本記事では定義とSpO2との違い、計測原理、手法比較、研究応用と限界を整理します。
組織酸素飽和度(tissue oxygen saturation、StO2)は、計測対象となる組織体積のなかに存在する全ヘモグロビンに対して、酸素化ヘモグロビン(HbO2)が占める割合を百分率で表したものです。動脈血・静脈血・毛細血管血が混在した「局所の平均」を見ている点が最大の特徴で、動脈拍動のみを抽出するSpO2とは指標の性質が根本的に異なります。計測の物理的な足場になるのは、HbO2と脱酸素化ヘモグロビン(HbR)の吸光係数が一致する等吸収点(近赤外域でおよそ800nm)で、ここを基準波長として総ヘモグロビン量と酸素化の度合いを分離する設計が広く用いられています。
組織酸素飽和度(StO2)とは — 定義とSpO2との違い
定義:組織内ヘモグロビンに占める酸素化ヘモグロビンの割合
StO2は概念上、StO2 = [HbO2] /([HbO2] + [HbR])× 100(%)として定義されます。ここで濃度は、光が通過した組織体積の平均値です。つまりStO2は「血液そのものの値」ではなく、ある空間領域における酸素化状態の平均を表す量であり、センサの深達度や視野が変われば同じ部位でも値が変わり得ます。この空間依存性は、後述する標準化の難しさの出発点でもあります。
近赤外光を用いた局所組織酸素飽和度(rSO2)の計測は、日本国内でも脳の酸素化評価を中心に臨床応用が積み重ねられてきた経緯が、日本臨床麻酔学会誌の総説「局所組織酸素飽和度の臨床応用」(門崎、2015)で整理されています。同総説では、拍動に依存しない計測であることが、パルスオキシメータが機能しにくい状況で意味を持つ点にも触れられています。
StO2 と SpO2 の違いを整理する
検索上もっとも混同されやすいのがこの2つです。名前も単位(%)も似ていますが、測っているものが違います。
観点 | StO2(組織酸素飽和度) | SpO2(経皮的動脈血酸素飽和度) |
|---|---|---|
測定対象 | 組織体積内の全ヘモグロビン(動脈・毛細血管・静脈の混合) | 拍動成分から抽出した動脈血のヘモグロビン |
物理的な原理 | 連続光の吸収・散乱(修正Beer-Lambert則など) | 拍動による吸光度変化の比(2波長比較) |
拍動の要否 | 不要(拍動がなくても値が得られる) | 必要(拍動が弱いと計測が難しい) |
意味づけ | 局所の酸素供給と消費のバランスを反映する指標 | 全身に送り出される動脈血の酸素化を反映する指標 |
典型的な計測部位 | 前額部・前腕・下腿・皮弁・口腔粘膜など任意の局所 | 指尖・耳朶など末梢の限られた部位 |
空間情報 | 点計測が主。イメージング方式なら面分布も取得可能 | 1点の数値のみ |
要点は「SpO2が全身の酸素化を代表する1点の数値」であるのに対し、「StO2は局所の酸素バランスを表す領域の数値」であることです。両者は代替関係ではなく、見ている階層が異なる別の指標として扱う必要があります。
計測原理:ヘモグロビンの吸収差と修正Beer-Lambert則
HbO2とHbRの吸収差、そして等吸収点(約800nm)
StO2計測の土台は、HbO2とHbRで近赤外域の吸収スペクトルが異なることです。おおまかに言えば660nm付近ではHbRの吸収が大きく、900nm付近ではHbO2の吸収が大きくなり、その中間に両者の吸光係数が交差する等吸収点が存在します。等吸収点では酸素化の比率が変わっても吸光度が変化しないため、総ヘモグロビン量の基準として使えます。波長ごとの吸収特性や等吸収点の文献値のばらつきについては、ヘモグロビンの吸収波長と等吸収点800nmを解説した記事で詳しく扱っているため、本記事では原理の骨格にとどめます。
修正Beer-Lambert則とNIRSの考え方
生体は強い散乱体であるため、透明溶液を前提とするBeer-Lambert則をそのまま適用できません。そこで実際の光路長が幾何学的距離より長くなることを補正係数(differential pathlength factor)として組み込み、散乱による損失項を加えた修正Beer-Lambert則が用いられます。連続光NIRSでは光路長を厳密に決定できないため、多くの装置は濃度の「変化量」を扱うか、複数波長の比から相対的な飽和度を求める設計を採ります。
この光路長の不確かさに加え、センサと標的組織のあいだに介在する層の影響も無視できません。「近赤外分光法を用いた筋組織酸素動態の計測」(山本、日本顎口腔機能学会雑誌、2006)では、頭蓋や脂肪層などの介在組織がNIRS測定値に大きな影響を及ぼし、定量計測の最大の障害となることが指摘され、脂肪層厚に基づく補正法が提案されています。裏を返せば、適切な補正なしに装置間・被験者間で絶対値を比較することには慎重であるべきだ、ということです。
計測手法の比較:点で測るか、面で測るか
パルスオキシメトリとNIRS点計測
パルスオキシメトリは拍動成分を利用してSpO2を求める方式で、StO2そのものは測定しません。一方、NIRSオキシメータは送受光プローブを皮膚に貼付し、プローブ直下の組織のStO2(rSO2)を連続的に取得します。時間分解能が高く長時間の追跡に向く反面、得られるのは1点の代表値です。
拡散光トモグラフィと分光イメージング
拡散光トモグラフィ(DOT)は多数の送受光対を配置し、逆問題を解いて深部の酸素化分布を再構成する手法です。深達度に強みがある一方、空間分解能は粗く、計測・演算のコストが大きくなります。
これに対し、ハイパースペクトル/マルチスペクトルイメージングは、画素ごとにスペクトルを取得してStO2の面分布を画像として得るアプローチです。深達度は表層に限られますが、境界の形状や不均一性そのものを対象にできる点が、点計測にはない特徴です。医療領域全体での到達点と限界はハイパースペクトルカメラの医療応用をまとめた記事でも整理しています。
手法 | 得られる情報 | 空間分解能 | おおよその深達度 | 研究での使いどころ |
|---|---|---|---|---|
パルスオキシメトリ | SpO2(動脈血)の1点の値 | なし(点) | 末梢の透過経路 | 全身の酸素化の連続モニタ |
NIRSオキシメータ(点計測) | StO2/rSO2、Hb濃度変化の時系列 | なし(点) | 数mm〜数cm(プローブ間距離依存) | 負荷試験など時間変化の追跡 |
拡散光トモグラフィ | 深部の酸素化分布(再構成像) | 低(数mm〜cm) | 数cm | 深部組織の分布を推定する研究 |
マルチスペクトルイメージング | 限定波長数によるStO2の面分布 | 高(画素単位) | 表層(〜数mm) | 広い視野の迅速な面計測 |
ハイパースペクトルイメージング | 画素ごとの連続スペクトルとStO2分布 | 高(画素単位) | 表層(〜数mm) | 分布・不均一性・スペクトル解析 |
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました。取得波長と用途の対応は18波長のスペクトルデータを取得するハイパースペクトルカメラ「irodori」の紹介ページに記載しています。これまでの特許・メディア報道はMilk.株式会社の実績一覧にまとめています。共同研究や学術的なご相談も承っていますので、必要であればお気軽にご連絡ください。
研究応用として報告されている領域
組織灌流・皮弁に関する研究
分光イメージングによるStO2計測は、組織灌流の非接触評価を狙う研究で用いられています。van Manenらの実現可能性研究(Quantitative Imaging in Medicine and Surgery, 11(9):3966-3977, 2021, DOI: 10.21037/qims-21-46)では、健常ボランティア16名を対象にスナップショット型ハイパースペクトルカメラで皮膚の酸素飽和度を撮像し、駆血と再灌流の過程で有意な変化が観測されたことが報告されています。ただし著者ら自身が、接触型点分光との参照比較でカメラ側が高めの値を示す傾向や、評価できるのが最表層に限られることを限界として明示しています。あくまで実現可能性の検討段階であり、診断的な判断に用いられる段階ではありません。
創傷治癒・末梢循環・口腔領域の研究
創傷治癒過程や末梢循環の評価を目的にStO2の分布や時間変化を観測する研究も進められています。口腔領域では、「組織酸素飽和度及び局所血流の測定に基づくヒト歯肉炎症の評価」(日本歯周病学会会誌 62巻2号、2020)で、ブラッシング前後のStO2やHbO2の応答を歯間乳頭ごとに比較し、血行動態の測定が炎症の量的な評価に寄与しうると報告されています。いずれも「特定の状態を判定できる」ことを示したものではなく、指標としての可能性が検討されている段階と理解するのが妥当です。
関連して、皮膚の色素や水分といった別の生体成分を分光的に扱う手法との棲み分けは、肌のメラニン・水分の測定装置を5分類した記事も参考になります。
限界と、StO2計測が向かないケース
研究計画の段階で見落とすと結果の解釈が破綻しやすい制約を、正直に整理します。
深達度の制約
可視〜近赤外の分光イメージングで評価できるのは表層に限られます。前掲のvan Manenらの研究でも、深達度は数百マイクロメートルから数ミリメートル程度で波長依存性があり、最表層のみが評価対象になると述べられています。深部の虚血や筋層内部の酸素動態を対象とする場合、イメージング方式は原理的に不向きで、プローブ間距離を確保したNIRSやDOTの検討が必要になります。
メラニン・色素・散乱の影響
皮膚のメラニンは可視〜近赤外の短波長側で強く吸収するため、ヘモグロビン由来の信号と分離しきれず、推定値に系統的な偏りをもたらします。前掲研究でもメラニンの影響を分離することが難しく補正を行っていない旨が述べられています。刺青・瘢痕・角化、局所の充血や色素沈着も同様に交絡要因となります。被験者の皮膚タイプが偏った小規模研究の結果を一般化しないことが重要です。
絶対値較正と標準化の課題
連続光方式では実効光路長が未知であるため、絶対濃度の決定が難しく、多くの装置が相対値または装置固有のアルゴリズムに依存します。結果として異なる装置間でStO2の絶対値を直接比較することは推奨されません。介在組織の影響が定量計測の最大の障害であるという前掲の指摘も、この文脈にあります。研究では、同一装置・同一プロトコルでの群内比較や時間変化に設計を寄せるのが現実的です。
動きアーチファクトと撮影条件
イメージング方式では、露光中の被写体の動き、プローブ圧迫による局所の血流変化、照明の当たり方や表面の鏡面反射、周囲光の混入がいずれも誤差要因になります。曲面への照明ムラは画素ごとの信号強度を変え、StO2マップに見かけ上の勾配を生みます。撮影距離・角度・照明・白色基準の取り方をプロトコル化し、再現性を測定条件ごとに評価しておく必要があります。
結局、StO2計測が向かないケース
- 深部組織の酸素動態を対象とする場合(表層イメージングでは届かない)
- 異なる装置・異なる文献値と絶対値を比較したい場合
- 皮膚色や色素沈着が大きくばらつく集団で、補正なしに横断比較したい場合
- 被写体の静止が確保できず、面計測の露光条件を揃えられない場合
研究用途の計測機器としてハイパースペクトルカメラを導入する場合、科学研究費助成事業(科研費)の設備備品費を財源に検討される研究室もあります。申請区分や手続きは所属機関の規程によって異なるため、事務局への確認が前提となりますが、進め方の概略は研究機器を科研費で購入する手順の記事にまとめています。
irodoriは研究用途の計測機器であり、医療機器としての診断を目的とするものではありません。計測条件の設計や、対象に対して分光計測が原理的に成立するかどうかの見極めからご相談いただけます。




