非接触の厚み測定は、方式ごとに測れる対象と限界がまったく違います。この記事では、AI外観検査で厚みムラが取れなかった生産技術の方へ向けて、主要8方式の比較表と選定の判定チャート、分光が必要になる境界線を整理します。
非接触の厚み測定とは、対象物に触れずに厚みを求める計測の総称です。大きく分けると、対象までの距離を測って差分を厚みとする「変位系」(レーザー三角測距・白色共焦点・静電容量)、対象を通り抜ける波の減衰や往復時間を使う「透過・反射系」(超音波・X線/β線)、そして光の波長ごとの振る舞いから厚みを解く「分光系」(分光干渉・ハイパースペクトル分光イメージング)の3つになります。対応できる厚みは方式によって幅があり、たとえば分光イメージングでは20 nm〜200 µm級の膜まで機種で作り分けられています(JFE技報 No.56, 2025年8月, p.65-71)。つまり「非接触かどうか」より、対象が透明か/多層か/導電体かのほうが、方式選定を決定づけます。
非接触の厚み測定8方式を比較する
まず全体像です。下表は、非接触(または片側からの)厚み測定で実務に登場する8方式を、測れる対象・厚みレンジの目安・向かないケースで並べたものです。レンジは各社の代表機種の公開値であり、機種構成で大きく変わる点はご承知おきください。
方式 | 主に測れる対象 | 厚みレンジの目安 | 非接触 | 向かないケース |
|---|---|---|---|---|
レーザー三角測距(変位計) | 不透明な板・シート・金属 | 数µm〜数十mm | 可(表裏2台で挟む構成) | 透明体。表面と裏面の反射を分離できず誤差になる |
白色共焦点 | 透明体・鏡面・粗面 | サブµm〜mm級 | 可(1台で表裏を取得) | 強い傾き、強拡散面。ワークの姿勢変動に弱い |
分光干渉 | 透明フィルム・多層光学膜 | 5〜670 µm、最大5層を分離(キーエンス SI-Tシリーズ) | 可 | 不透明・乳白・マット面など、界面反射が返らない対象 |
ハイパースペクトル分光イメージング | 透明膜・コーティングを「面」で | 1.5〜30 µm/4〜90 µm(コニカミノルタ検証例)、20 nm〜200 µm(JFE技報) | 可 | 金属の板厚など、干渉も吸収も使えない対象 |
超音波 | 金属・樹脂・ガラスの肉厚 | mm級(探触子により数百mmまで) | 不可に近い(接触媒質が要る構成が一般的) | µm級の薄膜。カプラント(接触媒質)を嫌う工程 |
放射線(X線・β線) | 金属箔・シートのインライン監視 | µm〜mm級 | 可 | 法規制対応が必要。電離放射線障害防止規則に基づく管理区域の設定など |
渦電流 | 非磁性金属上の絶縁被膜 | µm〜mm級(フィッシャー・インストルメンツ 膜厚測定の原理) | 可 | 下地が導電体でないと成立しない |
静電容量 | 導体・半導体・絶縁体の変位/厚み | 50 µm〜8 mm(小野測器 VEシリーズ) | 可 | センサとワークの距離管理がシビア。汚れ・付着物の影響を受ける |
この表で最初に見るべきは「向かないケース」の列です。非接触厚み測定の現場トラブルは、精度が足りないことより、そもそもその方式では原理的に信号が返ってこないことに起因する場合がほとんどだからです。より広い視点で手法を整理したい場合は、非破壊検査の代表5手法を比較した記事もあわせてご覧ください。
AI外観検査で厚みが取れないのは、データ不足ではなく原理の問題
「不良画像を集めてAIに学習させたが、厚みムラだけはどうしても安定しない」——これは学習量やモデル選択の問題ではないことが多いです。原因は入力側、つまりカメラが持っている情報量にあります。AI外観検査の精度は、照明と光学系によって「差が画像上のコントラストとして現れているか」で頭打ちになります。画像に差として記録されていないものは、どのモデルを使っても検出できません。
RGBは3バンド、分光は数百バンド
一般的な産業用RGBカメラは、赤・緑・青の3つの帯域でしか光を分けていません。一方でハイパースペクトルカメラは、波長を数nm刻みで数百の帯域に分けて記録します。分光とは光を波長ごとに分けて強度を測ることで、波長分解能とはその刻みの細かさを指します。JFE技報では、ハイパースペクトルカメラの実効波長分解能(薄膜用の分光器で2 nm)と同等の画像をモノクロカメラで得ようとすると、同じ半値幅のバンドパスフィルタが数百枚必要になると述べられています(JFE技報 No.56)。3バンドと数百バンドの差は、画素数の差ではなく、持っている情報の次元の差です。
厚みは「色の濃淡」ではなく「スペクトルの形」に出る
透明膜の厚みは、表面反射光と裏面反射光の干渉として現れます。干渉によって特定の波長で反射が強め合い、別の波長で弱め合うため、反射スペクトルには波打つ縞(フリンジ)が生じます。この縞の周期は膜厚と対応しており、膜が厚くなるほど周期は短く、薄くなるほど長くなります(JFE技報 No.56、レーザーテック 反射分光膜厚測定の原理)。
ここが重要な点です。この縞は波長軸上のパターンなので、波長を3つにまとめて平均してしまうRGBカメラでは、周期の情報が畳み込まれて消えます。学習データを何万枚増やしても、センサが記録していない情報は復元できません。AI外観検査で厚みが取れなかったのは、多くの場合アルゴリズムの敗北ではなく、入力の設計を変えるべきサインです。この線引きについては、AIで検出できない不良と分光の使い分けを整理した記事で、厚み以外の不良種も含めて詳しく扱っています。
私たちは国産のハイパースペクトルカメラ irodori を開発しています。記事の途中で恐縮ですが、もし「RGBで撮った画像では厚みムラが判別できない」段階で止まっているようでしたら、ハイパースペクトルカメラの仕組みと選び方をまとめた解説や、irodori の測定仕様ページだけでも目を通していただけると嬉しいです。
どの方式を選ぶか|3つの分岐で決める判定チャート
方式選定は、対象物の性質を3段階で切っていくと迷いにくくなります。上から順に当てはめてください。
- 分岐1:対象は不透明か? 不透明な金属板・厚手のシートで、必要精度がµm〜十µm級なら、レーザー変位計を表裏2台で挟む構成で足ります。ここで足りるものを分光に置き換える必要はありません。金属の板厚は既存手法のほうが明確に優れています。
- 分岐2:透明・半透明、あるいは多層か? 透明フィルムでは表面と裏面の反射が重なり、一般の変位計では分離できず誤差になります。ここからは分光干渉や白色共焦点の領域です。多層フィルムの各層を個別に測りたい場合も、分光干渉が第一候補になります。
- 分岐3:1点ではなく「面の分布」が要るか? 点測定のスポットセンサでは、ムラの分布を得るためにヘッドを走査する必要があり、点数が増えるほど時間がかかります。JFE技報では、ハイパースペクトルカメラを用いた膜厚分布測定装置により、従来の点測定に対して約400倍の点数のデータを約1/30の時間で取得でき、400万点の厚みデータを2分以内に測定できると報告されています(JFE技報 No.56)。面で分布を見たい、あるいは全数をインラインで流したい場合に、分光イメージングの出番になります。
分岐3でもうひとつ効いてくるのが速度です。ラインスキャン型のハイパースペクトルカメラは1秒間に数千ラインの取得が可能で、スポットセンサでは難しい全数インライン検査が視野に入ります(コニカミノルタ)。またX線と違って可視・近赤外の光しか使わないため、管理区域の設定などの法規制対応が不要という運用面の差もあります。
分光イメージングが効く範囲と、正直に向かないケース
分光は万能ではありません。導入判断を誤らないために、効く範囲と効かない範囲を分けて書きます。
効く範囲
- 透明膜・コーティングの厚み分布:コニカミノルタの検証では、935〜1700 nm帯のラインスキャンカメラで、公称20 µmの膜に対し20.05±0.076 µmという測定結果が報告されています。
- 膜厚レンジの作り分け:分光器と波長帯の選択で、薄膜用20 nm〜20 µm、厚膜用1 µm〜200 µmといったモデル展開が可能です(JFE技報 No.56)。
- 厚み以外の情報も同時に得られる:同じスペクトルデータから、成分や含水、異物といった別の指標を取り出せる場合があります。厚みだけのために光学系を組むより、投資対効果を説明しやすくなります。
向かないケース
- 金属の板厚:光が透過しないため干渉も吸収も使えません。レーザー変位計の挟み込みや超音波、放射線式が適切です。
- 強い拡散面・粗面:干渉縞が平均化されて消えるため、鏡面反射が取れる条件が必要です。マット加工面や乳白の対象は事前検証が必須になります。
- 単点で十分・かつ既存センサで足りている場合:面の分布が要らないなら、既設のスポットセンサのほうが安価で確実です。
- 1点あたりの絶対精度をnm級で追う用途:半導体の膜厚計測などでは、専用の点測定器のほうが有利な場面があります。
言い換えると、分光イメージングが強いのは「透明・薄膜で、かつ面としてのムラを見たい」という交差点です。ここに当たらない場合は、既存方式を素直に選ぶほうが早く安く済みます。
導入前にやるべきPoCの4ステップ
非接触厚み測定は、カタログスペックの比較だけでは決められません。同じ「透明フィルム」でも、材質・下地・表面粗さ・搬送の揺れで結果が変わるためです。実際のサンプルで測れるかどうかを先に確かめる、次の4ステップをおすすめします。
- 合否ラインの言語化:「何µmのムラを、どの範囲で、何秒以内に検出したいか」を数字にします。ここが曖昧なまま機種選定に進むと、後工程で必ず揉めます。
- 現物サンプルの分光測定:良品と、実際に流出した不良品の両方を測ります。良品だけではしきい値が引けません。
- スペクトル差の確認:厚みの違いが、狙った波長帯で有意な差として出ているかを確認します。ここで差が出なければ、波長帯か照明の設計に戻ります。
- ラインへの落とし込みと費用対効果の試算:搬送速度・視野・照明を含めた構成を決め、検査コストの削減額と回収期間を出します。試算の手順は検査自動化の費用対効果を試算する4ステップにまとめています。
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(これまでの実証事例)。厚み測定についても、まずは実際のサンプルで「そもそも分光で差が出るのか」を確かめるところから始めるのが、遠回りに見えて一番確実だと考えています。ステップ2〜3にあたる検証のご相談も承っていますので、検討材料として資料だけでもご覧いただけたら幸いです。




