土砂崩れの予兆を検知したい自治体・点検事業者・防災担当の方に向けて、斜面変状のモニタリング5手法と、リモートセンシング(衛星や分光カメラなど遠隔から地表を計測する技術)の活用範囲と限界を整理します。読み終えると、手法ごとの得意・不得意を理解し、点と面を組み合わせた監視体制を自分で設計できるようになります。
結論から言えば、土砂崩れの予兆検知に万能な単一手法は存在しません。国土交通省によると令和6年(2024年)の土砂災害は全国で1,433件発生し、直近10年の年平均(1,499件)に近い高い水準が続いています。伸縮計などの「点」の計測機器と、InSARや分光カメラなど「面」のリモートセンシングを組み合わせ、前兆現象を多面的に捉える体制づくりが実務の基本になります。
土砂崩れ・地すべりの予兆とは(前兆現象と、早期把握が難しい理由)
土砂災害は大きく、急な斜面が突然崩れる「がけ崩れ」、緩い斜面で粘土層などが地下水の影響でゆっくり動く「地すべり」、水と土砂が一体となって流れ下る「土石流」に分けられます。令和6年の内訳を見てもがけ崩れが件数の多くを占めており、住宅地に近い斜面ほど生活への影響が大きくなります。まずは対象斜面がどのタイプの動きをしうるのかを見極めることが出発点です。
国土交通省は、がけ崩れの前兆現象として「斜面にひび割れができる」「小石がパラパラと落ちてくる」「新たに湧き水が生じる、または湧き水が止まる・濁る」「地鳴りがする」などを挙げています(砂防:がけ崩れとその対策)。これらはいずれも、地中の水と土のバランスが崩れつつあるサインです。ただし現れ方は斜面ごとに異なり、必ず前兆が出るとも限りません。
早期把握が難しい最大の理由は、変状の多くが「地中」で進むことにあります。地下水位の上昇やせん断面の形成は地表からは直接見えず、地表に亀裂や湧水として現れた時点ではかなり進行していることも珍しくありません。加えて斜面は広く、植生に覆われ、人が近づきにくい場所も多いため、点検の頻度と範囲がどうしても限られます。だからこそ、地中の計測と地表の観測を役割分担させる発想が欠かせません。
斜面変状のモニタリング手法を比較(目視・計測機器・衛星・ドローン・分光)
斜面監視の手法は、大きく5系統に整理できます。それぞれ「点で捉えるか・面で捉えるか」「観測頻度」「コスト」「予兆の捉えやすさ」が異なり、単独で万能なものはありません。まずは全体像を比較表で俯瞰します。
手法 | 捉え方 | 観測頻度 | コスト感 | 予兆把握の得意分野 |
|---|---|---|---|---|
目視・定期点検 | 点(人の視点) | 低(数か月〜年) | 低〜中 | 亀裂・湧水など顕在化した変化 |
伸縮計・傾斜計などの計測機器 | 点(設置箇所) | 高(連続) | 中 | 地表の微小変位を連続監視 |
InSAR(衛星SAR) | 面(広域) | 中(周回に依存) | 中〜高 | 広域のじわじわした地盤変動 |
ドローン測量(写真測量・点群) | 面(局所) | 中(飛行都度) | 中 | 地形変化・崩壊跡の高精細把握 |
光学・分光カメラ | 面(表層の状態) | 中(撮影都度) | 中 | 土壌水分・植生ストレスなど表層状態 |
伸縮計・傾斜計は、斜面に生じた亀裂の開きや地表の傾きを連続的に計測する機器です。農林水産省の地すべり監視の手引きでも、これらを組み合わせて微小な動きを継続監視する重要性が示されています(地すべり監視体制構築の手引き)。強みは連続観測ですが、設置した「その1点」しか見えないため、どこに置くかの見極めが成否を分けます。
InSAR(干渉合成開口レーダー:2時期の衛星レーダー画像の差から地表の変位量を求める技術)は、広い範囲のじわじわした地盤変動を面的に捉えられます。JAXAの陸域観測技術衛星「だいち2号(ALOS-2)」のLバンドSARは昼夜・天候によらず観測でき、地すべりや地盤沈下による変位の測定事例も報告されています(JAXA だいち2号(ALOS-2))。国土地理院はこのデータを用いた全国の変動分布図を公開しており、干渉SARの精度は一般に数cm程度とされます。一方で、周回間隔に頼るため任意タイミングの観測は難しく、密な植生下では精度が落ちるという制約があります。
ドローン測量は、写真測量や点群で地形の微細な変化・崩壊跡を高精細に把握できます。地すべり観測の分野でも、UAV(ドローン)やレーザー計測といった新しい観測手法が導入されつつあることが公的資料で整理されています(地すべり観測における新しい観測手法)。局所を詳しく見るのに向く一方、飛行の都度撮る運用のため、常時監視というよりは定点的な精密チェックに適します。
分光(ハイパースペクトル)で何が見えて、何は見えないか
ハイパースペクトルカメラとは、光を数十〜数百の波長帯(バンド)に細かく分けて捉えるカメラで、人の目やふつうのカメラでは区別できない「分光情報」を画素ごとに取得できます。数バンドのマルチスペクトルより波長分解能が高く、NIR(近赤外:可視光より波長の長い、水分や植生の状態を反映しやすい光)まで含めて対象の状態を読み解けるのが特徴です。斜面監視では、この表層の状態変化を面で可視化できる点に価値があります。
具体的に期待できるのは、土壌水分・植生ストレス・鉱物や粘土の変質といった、地表面に現れる状態の把握です。UAVに搭載した近赤外マルチスペクトルカメラで斜面崩壊跡地などの土壌水分を計測する有効性は、砂防学会の研究でも検討されています(UAVに搭載した近赤外マルチスペクトルカメラによる土壌水分計測の有効性と課題)。また、ハイパースペクトルイメージングにより火山性土壌の含水状態を非接触で迅速に把握できたとする災害調査への適用事例も報告されています(ハイパースペクトルカメラの災害調査への適用)。地表がどこで湿っているか、植生がどこで弱っているかを面で示せることは、点検箇所の絞り込みに役立ちます。
一方で、限界も正直にお伝えします。分光カメラが捉えるのはあくまで地表面の分光情報が中心で、地中の地下水位やせん断面は直接は見えません。雲・天候・植生の被覆に影響され、密な森林下では地面の情報が得にくくなります。そして最も重要な点として、分光であれ他手法であれ、崩壊の「瞬間」をピンポイントに言い当てることはできません。あくまで前兆となりうる表層状態の変化を捉える手段であり、伸縮計やInSARなど他の計測との併用が前提です。「この値なら崩れる」といった断定的な予測はできない、という前提を共有しておくことが安全につながります。
私たちは国産ハイパースペクトルカメラ irodori を開発しています。分光でどこまで見えるのか、その仕組みから知りたい方は、まず技術の入門からご覧いただければ十分です。
導入・運用の進め方(点と面を組み合わせた面的モニタリング)
実務では、単一手法に頼らず役割分担させるのが基本です。おすすめの考え方は、まず広域を面で当たり、次に怪しい箇所を面で詳しく見て、最後に要注意点を点で連続監視するという三段構えです。広域はInSARで変動の兆しを探し、絞り込んだ斜面はドローンや分光カメラで表層の状態を面的に確認し、リスクの高い箇所に伸縮計・傾斜計を据えて常時見張る、という流れです。
手法選定は、対象の規模・アクセス性・予算・求める頻度で決まります。広くて人が入りにくい山地なら衛星やドローンの面的観測が効き、住宅裏の急傾斜地のように局所で連続監視したい場所は計測機器が向きます。分光カメラは、土壌水分や植生ストレスといった「地表の状態」を点検の入口として把握したいときに、他手法を補完します。近年は防災DXの流れでこれらを組み合わせた事例も増えていますが、大切なのは目的に対して過不足のない構成にすることです。
斜面や構造物のモニタリングは、土砂だけでなくインフラ点検全般と地続きです。関連する点検技術として、コンクリートのひび割れ検査(ドローン点検)や錆・塗装劣化の検査の考え方も、面的に状態を捉える発想として参考になります。分光技術そのものの仕組みはハイパースペクトルカメラとは(仕組み)で、製品仕様は国産ハイパースペクトルカメラ irodoriのページで確認できます。
よくある質問(FAQ)
最後に、土砂崩れの予兆検知に関してよく寄せられる質問をまとめます。分光カメラは万能ではなく、他手法と組み合わせて初めて力を発揮する、という点を前提にお読みください。私たちは食品・農業・インフラ・医療などの現場とともにハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました。実績は/achievements/でご覧いただけます。もし斜面や構造物のモニタリングでお困りでしたら、資料だけでもご覧いただけたら嬉しいです。




