トンネル点検の新技術は、近接目視や打音検査をそのまま置き換えるものではありません。道路トンネル定期点検要領(令和6年9月)と性能カタログ掲載94件を根拠に、覆工のうき・はく離や背面空洞をどこまで測れるのか、限界とコストの実態を整理します。
結論から言うと、トンネル点検の新技術が担えるのは主に「状態の把握と記録」であり、健全性の診断の区分Ⅰ〜Ⅳを決めるのは最後まで道路管理者です。国土交通省の点検支援技術性能カタログ(橋梁・トンネル)には、トンネル向けだけで画像計測43件・非破壊検査29件・計測/モニタリング22件の合計94技術が掲載されています。ただし、直轄国道で活用が原則化されているのは記録にかかわる2項目に限られ、近接目視そのものが免除されるわけではありません。
そしてもう一つ、先にお伝えしておきたい事実があります。国土交通省近畿地方整備局が公表している活用事例では、打音を支援する新技術を使っても外業のコストは従来と同等という結果が出ています。この記事では、トンネル固有の変状ごとに「何が測れて何が測れないか」を表で整理したうえで、コストが本当に下がる条件と、下がらない条件まで踏み込みます。橋梁側の分類は橋梁点検の新技術6分類と近接目視の代替範囲で別に整理しているので、橋をお持ちの方はそちらも合わせてご覧ください。
前提|トンネルの定期点検は「5年に1回・近接目視が基本」
頻度と根拠となる要領の版
道路トンネルの定期点検は、道路トンネル定期点検要領(令和6年9月・国土交通省 道路局 国道・技術課)が正となります。頻度は「建設後1年から2年の間に初回を行い、二回目以降は5年に1回の頻度で行うことを基本とする」と明記されています。
要領は定期点検を、近接目視を基本とした状態の把握(点検)と、健全性の診断の区分の決定を合わせた一連の行為と定義しています。ここでいう近接目視とは「対象の外観性状が十分に目視で把握でき、必要に応じて触診や打音検査が行える程度の距離に近づくこと」です。つまり、遠くから撮影した画像が近接目視と同等かどうかは、解像度だけでなく「必要なら打音に移れる状態だったか」まで含めて問われます。
打音検査の範囲は、初回と二回目以降でまったく違う
トンネルのコストを考えるうえで最も大事なのが、この打音の範囲です。要領は覆工に対する打音検査について、初回は全延長にわたり覆工表面を全面的に打音すること、二回目以降は覆工表面全面を近接目視で見たうえで、打音は次の箇所に絞ることを基本としています。
- 前回の定期点検で確認されている変状箇所
- 新たに変状が確認された箇所
- 対策工が施されている箇所およびその周辺
- 水平打継ぎ目・横断目地部およびその周辺
使用するのは頭部重量100〜300g程度の点検用ハンマーです。二回目以降は打音範囲が絞られている以上、新技術に期待すべきは「全面打音をなくすこと」ではなく、「近接目視で拾うべき変状の見落としを減らし、打音すべき箇所を正しく絞り込むこと」になります。ここを取り違えると、導入しても費用が下がらない結果になります。
トンネルは橋梁より深刻な状態にある
道路メンテナンス年報(2025年8月公表・2024年度点検結果)によると、全道路管理者が管理するトンネルは11,597箇所、そのうち点検対象は11,315箇所です。3巡目1年目にあたる2024年度の点検結果では、判定区分の割合はⅠ 4%、Ⅱ 71%、Ⅲ 24%、Ⅳ 0.3%でした。
同じ年の橋梁がⅠ 45%、Ⅱ 48%、Ⅲ 7%であることと比べると、トンネルは健全と判定されるものがごく少なく、早期措置段階(Ⅲ)が4分の1近くを占めます。トンネルの点検は「異常が見つからないことを確認する作業」ではなく、「ほぼ必ず何かが見つかる前提で、規模と場所を記録する作業」だということです。新技術に求められる役割も、そこに合わせて考える必要があります。
トンネル固有の変状別|新技術で何がどこまで測れるか
要領の表-3.1は、収集すべき変状の種類としてコンクリート部材の圧ざ・ひび割れ・うき・はく離・鋼材腐食、鋼部材の腐食・亀裂・破断・緩み・脱落、その他として変形・移動、沈下、隆起、背面空洞、巻厚の不足または減少、漏水、滞水、土砂流出などを挙げています。このうちトンネル固有と言えるのが、覆工のうき・はく離、背面空洞と巻厚不足、漏水・滞水、そして天井部の附属物の取付状態です。
下表は、性能カタログ(トンネル)に実際に掲載されている技術の記載内容をもとに、変状ごとの対応関係を整理したものです。代替可否は制度上の原則化項目と要領の考え方にもとづく一般的な整理であり、個別案件での可否は道路管理者の判断になります。
トンネル固有の変状 | 主に使われる技術 | 測れるもの | 測れない・苦手なもの | 近接目視・打音の代替可否 |
|---|---|---|---|---|
覆工のひび割れ・変状展開図 | 走行型/手持ちの画像計測、ひび割れ自動検出 | 覆工全面の画像、ひび割れの位置・幅・長さ、変状展開図の作成 | うき・はく離の深さ、内部の状態。汚れ・型枠跡・補修跡の誤検出 | 条件付きで可(直轄で記録項目が原則化) |
覆工のうき・はく離 | レーザー打音、連続打音装置、AI打音解析、3次元形状計測 | うき・はく離の位置と規模、打音の定量化、はく離の前兆となる段差 | 漏水箇所では異常音が検知されにくい。目地部を含む範囲は対象外の機器もある | 条件付きで可(打音の置き換えではなく定量化・スクリーニング) |
覆工背面の空洞・巻厚の不足 | 電磁波レーダ(車載・ドローン搭載・マルチチャンネル) | 背面空洞、覆工巻厚、支保工・配筋の位置、内部欠陥 | 表面の色調や材質の変化、微細なひび割れ。金属や含水の影響を受ける | 近接目視の代替ではなく、目視では分からない情報の追加 |
漏水・滞水・遊離石灰 | 画像計測、赤外線分析、目視記録 | 漏水範囲の面的な記録、背面滞水が疑われる箇所の抽出 | 水量や浸入経路の特定。赤外線は温度差が小さい環境で精度が落ちる | 補助的(記録と経年比較に限定) |
附属物の取付部材の緩み・腐食・脱落 | ボルト健全性検査装置、電磁パルス法、光ファイバ式の変位監視 | ボルトの緩み、あと施工アンカーの充填不足、脱落の予兆となる変位 | 腐食の進行度そのもの。多量漏水箇所ではセンサーを固定できない | 条件付きで可(監視は点検の代替ではない) |
覆工表面の材質・変質(塗膜、鋼部材の腐食、湿潤域) | 分光・ハイパースペクトル | 面としての材質・変質の分布、塗膜の劣化度の推定 | ひび割れ幅、うき・はく離、背面空洞。多層塗りの下層は読めない | 不可(詳細調査・予防保全の補助に限る) |
この表で強調したいのは、最初の3行と最後の3行では役割がまったく違うという点です。画像計測・打音支援・レーダは、法定点検の中で「記録の質を上げる」ために使うもの。赤外線・監視・分光は、法定点検とは別軸で「原因の見当をつける」「経年で追う」ために使うものです。予算の立て方も分けて考えたほうが、結果的に説明しやすくなります。
点検支援技術性能カタログ(トンネル)の読み方
3つのカタログに94技術、ただし目的はバラバラ
点検支援技術性能カタログ(橋梁・トンネル)は、国が定めた標準項目に対する性能値を開発者に求め、提出されたものをカタログ形式でとりまとめたものです。カタログ本体は自らの役割を「知識と技能を有する者が定期点検を行う際に点検支援技術の利用を検討するにあたって、機器等の特性を比較整理するにあたって参考とすることができる」ものと定義しています。
最新の掲載技術一覧によれば、トンネル向けは画像計測技術43件、非破壊検査技術29件、計測・モニタリング技術22件の計94技術です。数は多いのですが、上の表のとおり目的がまったく異なるものが同じ一覧に並んでいます。まず「自分が埋めたい穴はどの変状か」を決めてから一覧を開かないと、選定作業そのものが迷路になります。
性能値と標準試験値は別物
カタログを読むときに実務上いちばん大事なのが、この2つの区別です。性能値は開発者が想定した条件下で独自に算出した理論値または試験値であり、標準試験値は限定的な実施条件で再現性のある試験を行い、共通の条件・整理方法のもとで比較できるようにした値です。カタログ自身も、これらの試験をもって「あらゆる条件での保証をするという性質のものではない」と明記しています。
実際、掲載技術の記載には「トンネル内の路面に大きな段差がある場合、走行時に計測車両が上下に大きく揺れるため計測値に歪みが生じる」「雨天でないこと」「道路附属物の陰にある覆工面は計測不可能」といった条件が並んでいます。現地の条件が試験条件と違えば、性能は当然変わります。カタログ第1章も、利用にあたっては誤差特性や原理上の適用限界を把握したうえで機器が保証する性能の範囲で活用し、結果の解釈や利用には定期点検を行う者が責任を持つ、としています。
直轄国道で原則化されているのは、記録にかかわる2項目だけ
国土交通省道路局の直轄点検における点検支援技術活用原則化の取組では、直轄国道のトンネル点検業務について次の2項目で点検支援技術の活用が原則化されています。
- トンネル内面の覆工等の変状(ひび割れ等)を画像計測技術等で計測・記録
- うき、はく離等の位置や規模を計測・記録(画像計測以外の技術)
並べてみると、どちらも「計測・記録」で文章が終わっています。判断を機器に委ねる項目は含まれていません。また地方公共団体が管理するトンネルにはこの原則化の枠組みがそのまま適用されないため、要領に適合していることの説明責任は発注者側に残ります。カタログ非掲載の技術でも、より効果的・効率的であることを確認できれば活用は可能ですが、その場合は標準項目の性能値を受注者に求め、目的に適合するかを確認する手順が要ります。
「新技術=コスト削減」ではない|正直に書いておきたいこと
打音支援技術の実例では、コストは従来と同等だった
国土交通省近畿地方整備局が公表しているコンクリート打音診断システムの活用事例では、山岳トンネル4事例で従来の点検ハンマーによる打音検査とコスト比較が行われています。結果は、点検面積6,176〜20,836平方メートルのいずれの事例でも「作業方法は同じであり、コストも同等である」という評価でした。外業の労務費も従来技術と同額で並んでいます。
この技術の価値は費用ではなく、打音では判定しにくい軽微な異常に対して濁音の有無を定量化し、判定精度と判定速度を上げるところにあります。同じ資料は留意事項として「一定の力で打音検査を実施する必要がある」「漏水箇所では異常音が検知されにくい」ことも挙げています。新技術を入れれば自動的に安くなる、という前提で稟議を書くと、後で説明に困ります。
それでもコストが動く3つのポイント
では新技術でどこが変わるのか。トンネルの場合、費用構造の中で大きいのは機器代ではなく、交通規制と高所作業、そして調書作成です。
- 規制時間の短縮:走行型の画像計測やレーダ探査は、車両を走らせながら覆工全面のデータを取得します。夜間規制の枠内で終わる範囲が広がれば、規制そのものの回数が減ります。
- 高所作業の削減:ドローンにレーダを搭載して覆工天端を探査する技術のように、計測車両・高所作業車・仮設足場の準備を減らす方向の技術があります。足場費が支配的な条件では、ここが最も効きます。
- 調書作成の内業:覆工全面画像から変状展開図を作る技術は、手書きスケッチを不要にします。二回目以降の点検で前回と重ねて比較できる形になれば、進行性の判断も速くなります。
逆に、延長が短く、足場も規制も最小限で済むトンネルでは、新技術の導入コストを回収できないことがあります。判断は一律ではなく、そのトンネルの費用構造次第です。
どの技術を検討すべきか、5つの問いで絞る
選定に入る前に、次の順で答えを書き出してみてください。上から順に潰していくと、候補は自然に数件まで減ります。
- 何回目の点検か。初回なら全面打音が前提なので、打音そのものを減らす期待は捨て、記録の効率化に絞る。
- いちばん困っている変状はどれか。覆工のうき・はく離か、背面空洞か、漏水か、附属物か。複数に効く万能機はない。
- 費用の内訳で最大の項目は何か。規制費か、足場・高所作業車か、内業か。ここが動かない技術はコスト効果が出ない。
- 現地条件は機器の適用条件を満たすか。断面寸法、路面の段差、漏水量、附属物による死角、雨天時の回送。カタログの留意事項欄で必ず確認する。
- 結果をどう検証するか。要領は、近接目視によらない方法を採る場合でも、選定した箇所の一部には近接目視を行って状態を直接確認することを挙げ、その考え方の妥当性を後日第三者が検証できるよう記録に残すことを求めています。
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともにハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(実績一覧)。そのなかで痛感しているのは、分光が向く場面と向かない場面がはっきり分かれることです。上の5つの問いで「材質や変質を面で見たい」という答えになったときだけ、候補に入れてみてください。
ハイパースペクトルの守備範囲と、はっきりした限界
トンネルの性能カタログには、分光系はほとんど載っていない
私たちが扱っている技術についても、線を引いておきます。ハイパースペクトルカメラとは、対象からの反射光を数十〜数百の細かい波長帯に分けて画像として記録する装置で、肉眼やふつうのカメラが3色でまとめてしまう情報を、波長ごとのグラフとして面で取得できるものです。原理や用途の全体像はハイパースペクトルカメラの仕組みと選び方の基礎にまとめています。
そのうえで事実を書くと、トンネル向けの性能カタログ94技術のうち、分光を主原理とする技術はほぼ見当たりません(走行型の近赤外線撮影を使う三次元画像解析システムが画像計測に1件ある程度です)。つまり、法定点検の中で「近接目視の代わりに分光を使う」という選択肢は、現時点では制度的に用意されていないと考えるのが正確です。
できること、できないこと
分光が得意なのは、ひび割れという「線」を測ることではなく、材質や変質という「面」の状態を読むことです。東京大学生産技術研究所の研究では、ハイパースペクトル計測により、塗装工程の抜けの判別や、紫外線劣化による塗膜の劣化度(光沢度)の推定が可能であることが報告されています(中島ほか, 生産研究 56巻3号, 2004)。
同じ研究は限界もはっきり示しています。多層塗りの塗装を施した塩害コンクリートでは、下層の塗膜まで劣化が進行しないと、塗膜の下にあるコンクリート自体の劣化を分光情報から読むことは困難だと結論づけられています。また今後の課題として、屋外計測時の環境因子の影響評価が挙げられています。トンネル内は照明条件を整えやすい反面、湿潤・粉じん・排気の影響を受けます。「壁の向こうを見通す技術」ではない、というのが正直なところです。
したがって、トンネルにおける分光の現実的な使いどころは、法定点検の代替ではなく、詳細調査や予防保全の補助に絞られます。漏水や遊離石灰の広がりを面で記録して経年で追う、附属物の取付部材や鋼部材の腐食の進み方を色調の変化として捉える、補修材や塗膜の劣化状況を優先順位付けに使う、といった使い方です。コンクリートの劣化そのものをどう見極めるかはコンクリート劣化診断の手法と進め方で、打音に代わる手段の考え方は打音調査の代替手段と適用条件で別に整理しています。
試すなら、実際のトンネルで撮ってから決める
分光は、対象と環境によって結果が大きく変わります。カタログの性能値を読み比べるより、実際の覆工面を一度撮ってみたほうが早く判断できる、というのが私たちの実感です。うまくいかなければ、その旨をそのままお伝えします。
資料には、irodoriの波長域や分解能といった仕様に加えて、インフラ分野で何が見えて何が見えなかったかの整理を載せています。検討の材料としてお使いください。




