肌のメラニン・水分を測定する装置は、接触式プローブから分光イメージングまで大きく5つに分けられます。本記事は化粧品の評価研究部門や皮膚科学の研究者に向けて、肌の何を光で測っているのかを波長域から整理し、測定手法の比較・正直な限界・研究計画への落とし込み手順をまとめました。
結論から書きます。肌の測定装置の選定は「何を測るか(メラニン・ヘモグロビン・水分)」「どの波長域を使うか(可視域〜NIR〜SWIR)」「点で測るか面で測るか」の3軸で整理すると迷いません。文部科学省の解説によれば、およそ700 nmから2 µmの近赤外光はヘモグロビンと水の吸収が弱く生体組織に深く浸透するため「生体の光学的窓」と呼ばれます(文部科学省「光を用いた非侵襲生体診断」)。つまり、可視域は色素の情報、近赤外域は深達性と水の情報を担うという役割分担が出発点になります。
なお本記事は研究・評価用途の測定手法を整理するものであり、肌トラブルの診断や特定の化粧品の効果を保証するものではありません。以下で紹介する内容は、いずれも研究段階の応用として報告・検討されているものです。
肌の何を光で測っているのか:メラニン・ヘモグロビン・水分の波長域
肌に光を当てて返ってくるスペクトル(波長ごとの反射率の並び)には、複数の成分の吸収が重なって現れます。研究用途で装置を選ぶ前に、まず「自分が見たい成分がどの波長域に特徴を持つか」を確定させることが最短ルートです。
可視域(およそ400〜700 nm):メラニンとヘモグロビン
皮膚の分光反射率の変化は、主にメラニンとヘモグロビンの吸収で説明されると整理されています。皮膚の分光計測用に多層構造の光学ファントムを設計した研究では、メラニンとヘモグロビンの吸収スペクトルを皮膚の光学特性を決める主要因として扱い、380〜780 nmの分光反射率で検証しています(「皮膚の分光計測のための多層構造光学ファントム」日本レーザー医学会誌 40(4), 2020)。ヘモグロビンは700 nmより短い可視光に強い吸収を持つとされ(文部科学省「光を用いた非侵襲生体診断」)、酸素化・脱酸素化による吸収スペクトルの違いが酸素飽和度の推定に使われます。
複数波長の吸収からメラニン量・ヘモグロビン量に相関する指標値を算出する「メラニンインデックス」「紅斑(エリスマ)インデックス」は、医療・化粧品分野で広く使われてきた考え方です。分光カメラで肌のスペクトルを空間分布として取得し、これらの指標を画像として可視化する手法も報告されています(菊池ら, 日本色彩学会誌 41(3+), 2017)。ここが「点の測定」から「面の測定」に移る分岐点です。
NIR〜SWIR(およそ700〜2000 nm):水分と皮脂
水分は、OH基の吸収帯を利用して評価されます。皮膚の水分・油分の可視化を扱った報告では、従来は1460 nm付近のOH基の吸収を用いた可視化が試みられてきたものの、OH基の吸収が保湿剤やタンパクの官能基と重なるため微小な変化の検出が難しかったこと、そこで近赤外領域で最も強いOH基の吸収帯である1920 nm付近をExtended-InGaAsカメラと専用の拡散照明で捉える手法が構築されたことが述べられています(江川, Medical Imaging Technology 30(1), 2012)。「水分を測る」と一言で言っても、どのOH吸収帯を使うかでセンサーも照明も変わる、という実務上の重要な示唆がここにあります。
なお、水は2 µmより長い中赤外・遠赤外光に強い吸収を持つため、この帯域では光が肌の内部に入りにくくなります。深さの情報を取りたいのか、表層の水分状態を鋭敏に見たいのかで、選ぶべき波長域は逆方向に振れます。
波長域と測定対象の対応(整理表)
波長域 | 主に効いてくる成分 | 研究で扱われる指標の例 | 必要なセンサー |
|---|---|---|---|
可視域 400〜700 nm | メラニン、ヘモグロビン(酸素化/脱酸素化) | メラニンインデックス、紅斑インデックス、酸素飽和度の推定 | シリコンセンサー(一般的なCMOS/CCD) |
NIR 700〜1000 nm | 吸収が弱く散乱が支配的。深達性が高い「生体の光学的窓」 | 深部からの散乱光を含む反射スペクトル | シリコンセンサー(感度は端で低下) |
SWIR 1000〜1700 nm | 水(1460 nm付近のOH吸収帯) | 水分に関連する指標の画像化 | InGaAsセンサー |
SWIR 1700〜2000 nm超 | 水(1920 nm付近の強いOH吸収帯)、皮脂などの油分 | 水分・油分の高感度可視化 | Extended-InGaAsセンサー |
この表で押さえてほしいのは、可視域とSWIRではセンサーの種類そのものが変わるという点です。予算・装置構成・照明設計がここで大きく分岐するため、測定対象の決定は装置選定より前に済ませておく必要があります。波長域の切り分けについては、ハイパースペクトルカメラ波長域の選び方(VNIRとSWIRの比較)でより詳しく整理しています。
肌の測定手法5分類:何がどこまで測れるかの比較
実際に研究室で選択肢に挙がるのは、おおむね次の5系統です。「上位互換」の関係ではなく、目的に応じた向き不向きの関係にあります。
手法 | 主な測定対象 | 面での評価 | 被験者負担 | 定量性 | コスト感 |
|---|---|---|---|---|---|
接触式プローブ型(メラニン/紅斑指数計、水分量計) | 限定した数波長の反射、または角層の電気特性 | 不可(点測定) | 接触・押し付け圧の影響あり | 高い(装置内で校正済み・数値が直接出る) | 低〜中 |
ダーモスコピー・拡大撮影 | 形態・色調の目視観察 | 視野内は可(定性) | 接触型は圧迫あり | 低い(観察者依存) | 低 |
RGB画像解析 | 3バンドの色情報 | 可 | 非接触で低い | 中(照明・カメラ特性に強く依存) | 低 |
マルチスペクトル撮影(数バンド〜十数バンド) | 指標の算出に必要な波長だけを選択取得 | 可 | 非接触で低い | 中〜高(バンド選定に依存) | 中 |
ハイパースペクトル撮影(数十〜数百バンド) | 各画素の連続スペクトル | 可(空間分布として取得) | 非接触で低い | 中〜高(校正と解析設計に依存) | 中〜高 |
判断のフレームワークはシンプルです。「決まった指標を、決まった1点で、正確な絶対値として繰り返し測る」なら接触式プローブが依然として強い。一方で「部位内のばらつき・分布・境界のにじみ方を面で見たい」「どの波長が効いているかをこれから探索したい」なら分光イメージングという切り分けになります。探索段階でハイパースペクトルを使い、効く波長が定まったらマルチスペクトルや専用機に落とす、という二段構えは研究計画として合理的です。
私たちは国産のハイパースペクトルカメラ「irodori」を開発している小さなチームです。記事の途中で恐縮ですが、面での分光計測を研究計画に組み込めるか検討されている段階でしたら、装置の仕様だけでも見ていただけると嬉しいです。
正直な限界:「面で測れる」ことと「正確に測れる」ことは別
研究用途で導入を検討するなら、できることより先に限界を把握しておくほうが失敗しません。分光イメージングには、次のような避けがたい制約があります。
散乱が支配的で、絶対値の定量が難しい
近赤外光に対する生体組織の散乱は吸収よりも10倍以上強く、散乱によって歪められた光信号から微小な吸収の情報を引き出す必要があります。また平均光路長の測定が困難なため、非侵襲光計測では絶対値表示ができないという制約が指摘されています(文部科学省「光を用いた非侵襲生体診断」)。実務上は「絶対濃度」ではなく「同一プロトコル内での相対変化」を見る設計にするのが現実的です。
個人差・部位差・肌の色が結果を歪める
ヘモグロビンとメラニンの光学特性は重なるため、特にメラニン量が多い場合には灌流評価などの組織パラメータが歪む可能性があると報告されています。101名の被験者・16部位を対象にした研究では、Fitzpatrick分類と画像から求めたITA(individual typology angle)で色調を分類したうえで、肌の色が濃い場合にハイパースペクトル由来の指標が影響を受けうること、より濃い色調に対する指標の解釈にはさらなる開発が必要であることが示されています(Pachyn et al., Scientific Reports, 2024)。被験者集団の偏りは、そのまま解析結果の偏りになります。
表皮より深い層の情報は限定的
可視域の光は表皮のメラニンに強く吸収されるため、その下の血液由来の情報を取り出す精度は下がります。深部を見るには長波長側を使うことになりますが、今度は水の吸収と散乱が効いてきます。参考として、同じ近赤外光を使う脳機能計測の光マッピングでは、深部の情報は得られず空間分解能も良くて10 mm程度と整理されています(文部科学省「光を用いた非侵襲生体診断」)。散乱体である生体を光で見る以上、深さと分解能はトレードオフの関係にあると考えておくのが安全です。
校正と撮影条件の固定を怠ると再現性が出ない
非接触計測は被験者負担が小さい反面、照明の当たり方・撮影角度・カメラとの距離・室温湿度といった外乱をすべて自分で管理しなければなりません。白色標準板と暗電流の取得を毎回行い、撮影条件を固定する運用を最初に決めておかないと、後から差分を議論できなくなります。皮膚の分光計測研究で多層構造の光学ファントムが作られているのも、ヒトを測る前に系の妥当性を検証する必要があるからです。
解析手法自体にも検証の限界がある
深層学習でヘモグロビン・メラニン・散乱を推定する手法(400〜1000 nmで取得し、S/Nの理由から420〜830 nmの205バンドを解析に使用)を報告した研究でも、著者らは真値(ground truth)が存在しないために臨床的な妥当性を完全には評価できず、被験者の追加と検証が必要だと明記しています(Livecchi et al., Journal of Biomedical Optics 29(9), 2024)。推定モデルの性能指標と、生体としての妥当性は別物として扱う必要があります。
研究計画に落とし込む6ステップ
装置の比較検討より前に、この順で決めていくと手戻りが減ります。現場で多いのは、装置を先に決めてしまい、後から「その波長では見たい成分が分離できない」と判明するパターンです。
- 測定目的の定義:何を、何と比較して、どの差が出れば意味があるのかを先に文章化する。「肌がきれいになったか」ではなく「同一部位の相対的な指標変化を、被験者内比較で検出できるか」まで具体化する。
- 波長域の決定:メラニン・ヘモグロビンなら可視域、水分ならOH吸収帯(1460 nm付近か1920 nm付近か)。ここでセンサー種別とコストが決まります。
- 校正と撮影条件の固定:白色標準板による反射率校正と暗電流補正を手順化。照明の分光分布・角度・距離・露光時間・室温湿度を記録項目に入れる。
- プロトコル設計:被験者数、部位、測定前の安静時間(洗顔・入浴・運動からの経過時間)、測定タイミング(時刻・季節)を固定する。ヒトを対象とする研究では、所属機関の倫理審査委員会の承認とインフォームド・コンセントの取得が前提になります。
- 解析指標の定義:どの波長の比・傾き・指標を使い、どの統計手法で評価するかを、データを取る前に決めておく。取得後に指標を探すと、多重比較の問題が生じます。
- 再現性の検証:同一被験者・同一条件での反復測定でばらつきを数値化し、それが検出したい変化量より小さいことを確認する。ここを飛ばした研究は、後から効果量を主張できません。
ステップ2と3は、カタログスペックだけでは判断できません。実際の被験者・部位・照明で試写してから決めるのが確実です。進め方はハイパースペクトルカメラのデモ・実証依頼ガイドにまとめています。また研究費で装置を購入する場合、費目の扱いや年度末の納期・検収に注意点があるため、研究機器を科研費で購入する際の注意点もあわせてご確認ください。
装置選定でよく詰まるポイント
マルチスペクトルで足りるか、ハイパースペクトルが要るか
すでに使う波長が論文等で確定していて、その指標を面で見たいだけならマルチスペクトルで足ります。逆に、新しい評価指標を自分たちで見つけたい、あるいは既存指標が自社の被験者群で本当に効くかを確かめたいなら、連続スペクトルを持つハイパースペクトル撮影が探索に向きます。「まずハイパースペクトルで探索し、実装はマルチスペクトルへ」という設計が、コストと自由度のバランスとして扱いやすい選択肢です。
接触式プローブを捨てる必要はない
面での測定を導入しても、接触式プローブによる点測定は併用する価値があります。同一部位で両者を取っておけば、イメージングから算出した指標が既存の確立した指標とどう対応するかを検証でき、論文でのレビュアー対応も通りやすくなります。新旧を置き換えるのではなく、重ねて取るのが安全です。
装置の波長分解能はどこまで必要か
波長分解能(隣り合う波長をどれだけ細かく分けられるか)は高いほど良いように見えますが、細かくするほど1バンドあたりの光量が減り、S/Nが下がります。前述の深層学習研究でも、S/Nの低い短波長側・長波長側を解析から外しています。生体は動くため露光時間も伸ばせません。「細かさ」より「使える帯域でのS/N」を優先して評価することをおすすめします。
まとめ:測定対象の確定が装置選定の8割
肌のメラニン・水分の測定装置は、可視域で色素を見るのか、SWIRで水のOH吸収帯を見るのかで、必要なセンサーも照明も費用も変わります。面で測れる分光イメージングは分布や探索に強い一方、絶対値の定量・肌色による偏り・再現性の確保という課題を抱えています。だからこそ、目的と波長域を先に決め、校正と撮影条件を固定したプロトコルを組むことが、研究として成立させる最大の分かれ目になります。
私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました。取り組みの一部は受賞歴・メディア報道・学術成果の一覧で公開しています。技術の概要や4業界のユースケースはハイパースペクトルカメラの技術解説ページにまとめており、共創の進め方はirodori共創プランでご案内しています。評価研究への適用可否を一緒に検討させていただくことも可能ですので、まずは資料だけでもご覧いただけたら幸いです。




