Invisible World Logo
This article is written in Japanese. Your browser can translate it automatically.
ブログ

牛肉の脂肪交雑と等級判定はどこまで自動化できるか|2026年の到達点

牛肉の脂肪交雑の等級判定は、日本食肉格付協会の格付員が枝肉の切開面を目視で評価する制度です。本記事では画像解析や分光計測がその判定をどこまで数値化できるのかを、査読論文と公的資料の範囲で整理します。

結論から書きます。日本の牛枝肉の脂肪交雑は、公益社団法人日本食肉格付協会の「牛枝肉取引規格」に基づき、格付員が第6-7肋骨間の切開面を目視で評価して等級を決めます。画像解析や分光計測は、その評価を置き換えるものではなく、数値化して補助する位置づけにとどまります。到達点の一例として、狭い切開面向けに開発されたカメラでの画像解析では、推定BMSと格付BMSの差が±1以内に収まった割合が83.6%と報告されています(島袋ら 2021, 日本畜産学会報 92(4):529-538)。逆に言えば、残りは1等級以上ずれており、現行制度の判定をそのまま機械に委ねられる段階ではありません。

脂肪交雑の等級はどう決まるのか

日本の牛枝肉の格付は、歩留等級と肉質等級の2軸で表されます。歩留等級は1頭からどれだけ肉が取れるかを決められた計算方法で算出し、A・B・Cの3段階で評価します。日本食肉格付協会の牛枝肉取引規格では、歩留基準値72以上がA、69以上72未満がB、69未満がCと区分されています。

肉質等級は、「脂肪交雑」「肉の色沢」「肉の締まり及びきめ」「脂肪の色沢と質」の4項目をそれぞれ1〜5で評価し、その最も低い等級で決まります(農林水産省「特集2 牛肉」)。いわゆるA5は「歩留等級A・肉質等級5」を指し、4項目すべてが5に届いて初めて成立します。脂肪交雑だけが優れていても、肉の色沢や脂肪の質が4であれば肉質等級は4になります。

脂肪交雑は、牛脂肪交雑基準(Beef Marbling Standard、以下BMS)という12段階の標準見本に照らして評価されます。BMS No.と肉質等級の対応は、No.1が等級1、No.2が等級2、No.3〜4が等級3、No.5〜7が等級4、No.8〜12が等級5です。つまり等級5の中にBMS No.8からNo.12までの幅があり、同じA5でも脂肪交雑の程度は一様ではありません。

評価する場所も規格で決まっています。枝肉を第6〜第7肋骨間で平直に切り開き、その切開面に現れる胸最長筋(ロース芯)と背半棘筋・頭半棘筋を観察します。査読論文でも「牛枝肉の格付等級は、枝肉左半丸の第6-7肋骨間横断面を日本食肉格付協会の格付員が目視で検査することにより決定される」と記述されています(島袋ら 2021)。制度上の基準は、あくまでこの1面の目視評価です。

目視評価に残る課題

目視評価そのものが不正確だという話ではありません。全国共通基準と標準見本、訓練された格付員によって運用されており、取引の基盤として機能しています。ただし研究の世界では、いくつかの制約が繰り返し指摘されてきました。ここではその報告されている範囲だけを挙げます。

第一に、判断に主観が含まれる点です。島袋ら(2021)は、BMSが「ヒトが目視で評価を行う方法であることから、主観的判断が含まれており、格付員の判断基準の違いなどが格付成績にばらつきをもたらす可能性がある」と述べています。第二に、切開面が1面しかない点です。口田ら(2014, 日本畜産学会報 85(3):345-350)は、さまざまな部位の脂肪交雑が第6-7切開面の胸最長筋と同等とは限らないことを、先行研究を引きながら整理しています。近接する横断面でも脂肪面積割合が大きく異なる場合があるという報告もあります。

第三に、切開面の状態と環境です。島袋ら(2021)は画像解析の精度について、枝肉の冷却日数や食肉処理場といった環境によって結果が変わりうることを示しています。これは撮影に限った話ではなく、切開面の乾き・にじみ・照明条件が見え方を左右するという意味で、目視の側にも共通する条件です。さらに、日本で流通している牛枝肉の約95%は胸椎を切開していない狭い切開面であると同論文は述べており、観察できる面積そのものが現場によって違います。

第四に、現行の格付項目に残らない情報がある点です。脂肪交雑の形状やロース芯の輪郭形状は、育種改良の上で重要とされながら格付成績にはデータとして残りません(島袋ら 2021)。等級という離散的なラベルに畳み込む過程で、連続量としての情報が落ちるという構造的な課題です。目視検査一般の見逃しや条件依存については目視検査の見逃し対策でも整理しています。

画像解析・分光計測でどこまで数値化できるか

数値化のアプローチは大きく4系統に分かれます。以下はいずれも研究報告として公表されている範囲であり、現行制度の判定を置き換えたものではありません。手法ごとに「何が測れて、何が測れないか」が明確に違います。

RGB画像解析(面積率・粒子の細かさ)

最も実績があるのが、切開面を高精細に撮影して二値化し、脂肪の面積割合や粒子の粗さ・細かさを算出する方法です。島袋ら(2021)は、狭い切開面でも撮影できるMIJカメラで全国8か所の食肉処理場で撮影を行い、格付ロース芯面積と画像解析ロース芯面積の相関係数はr=0.71、推定BMSと格付BMSの差が±1以内が83.6%、±2以内が97.1%だったと報告しています。一方で、ロース芯面積の計測は撮影者の技術によって測定値に差が出るため改善が必要とも述べています。

その後の島袋ら(2022, 日本畜産学会報 93(2):125-132)では、新しい牛枝肉カメラでロース芯の自動輪郭抽出が手動輪郭抽出とほぼ同程度に評価できることが示されました。撮影者依存を減らす方向に進んでいる一方、RGB画像で得られるのは形と面積、粒子の分布といった幾何的な情報です。脂肪の組成や脂肪酸プロファイルは原理的に見えません。

断面形状の情報という観点では、X線CTも検討されています。口田ら(2014)は牛部分肉のCT画像と高精細画像を比較し、筋肉面積でr=0.991、脂肪面積割合でr=0.927、あらさ指数でr=0.861という高い相関を得た一方、細かさ指数はr=0.329と低い値でした。非破壊で面積割合やあらさは「ある程度」評価できるが、細かさの再現は難しいという結果です。

近赤外分光(脂肪含量・脂肪酸組成)

近赤外分光(NIR、おおむね波長800〜2500nmの光の吸収を測る手法)は、脂肪や水分といった成分量を非破壊で推定する用途で長く使われてきました。原理と限界は近赤外分光法とはで詳しく書いています。牛の生体への応用では、「近赤外分光法による牛生体の脂肪交雑の推定」(高知県畜産試験場ほか、2001〜2003年度)が、褐毛和種の皮膚表面から近赤外拡散反射スペクトルを測定し、皮下脂肪測定値や脂肪酸組成、画像解析による脂肪率について寄与率0.7以上を確認したと報告しています。ただし適用が確認されたのは褐毛和種で、皮膚表面の状態が反射光量の減衰に大きく影響するため、測定前に指定部位の毛剃りと皮膚の乾燥が必須とされています。

脂肪酸組成そのものを狙う研究も進んでいます。産業技術総合研究所は2022年9月5日に、磁気共鳴のプロトン横緩和時間から牛脂のオレイン酸含有量を誤差2.2%で推定できたと発表しました。これは分光とは別原理ですが、「サシの量ではなく質を数値化する」流れの一例です。同発表は、成功しているのは試験管レベルのサンプル計測であり、生体への適用はまだ実現していない段階だと明記しています。

ハイパースペクトルイメージング(面での分布)

ハイパースペクトルイメージングは、画素ごとに数十〜数百波長のスペクトルを取得し、成分の分布を面として可視化する手法です(ハイパースペクトルカメラとは何かで基礎を解説しています)。BMS推定への応用では、Aredo, Velásquez, Siche(2017, Scientia Agropecuaria 8(2))が400〜1000nmの反射スペクトルとPLSR(部分最小二乗回帰)で胸最長筋58点を解析し、検証集合で相関係数r=0.95、標準予測誤差0.3 BMSを報告しています。ただし同論文は、ほとんどの波長が予測に寄与していて次元削減が効きにくく、地域が変わればモデルの再校正が必要だと述べています。

産業ラインでの計測例もあります。Wold ら(2022, Foods 11(9):1219)は、760〜1047nmの近赤外ハイパースペクトル計測をインタラクタンスモードで部分肉のロイン(striploin、胸腰最長筋)に適用し、脂肪交雑の予測で決定係数R²=0.76〜0.82を得ました。注目すべきはその限界の記述です。肉中のミオグロビンの濃度と酸素化の状態がNIRスペクトルに強く影響し、切断後の発色(ブルーミング)によって20分程度でマーブリングスコアが約1単位ずれた、色の濃い試料は同じ脂肪含量でもスコアが高く出たと報告されています。分光は「肉の色の状態」から完全には独立できません。

超音波(生体での推定)

枝肉ではなく生きた牛で推定したい場合は超音波が用いられます。川路ら(2008, 日本畜産学会報 79(2):173-183)は、黒毛和種56頭の超音波画像をテクスチャー解析し、筋肉間の画像特徴量の差を説明変数、BMS No.を目的変数とする重回帰分析で重相関係数0.75を得ました。近年では宮田ら(2024, 日本畜産学会報 95(4):323-331)が、黒毛和種肥育牛2,170頭の超音波画像に畳み込みニューラルネットワークを適用し、屠畜後BMS No.の推定で一致率22.6%、±1以内60.8%、±2以内86.0%という結果を報告しています。

枝肉の画像解析(±1以内83.6%)と比べると精度は落ちますが、超音波は出荷前の生体で測れるという点で目的が違います。等級の確定ではなく、肥育途中の意思決定や育種の材料として位置づけるのが妥当でしょう。

私たちは国産のハイパースペクトルカメラ irodori を開発しています。記事の途中で恐縮ですが、もし脂肪交雑のような「見た目の評価」を数値として残せないかとお考えでしたら、装置の仕様だけでも見ていただけたら嬉しいです。

手法比較表

ここまでの内容を、指標・客観性・対象・運用負荷・現状の位置づけの5点で並べます。精度の数値はそれぞれ異なる試料・条件での報告であり、同一条件での比較ではありません。

手法

得られる指標

客観性・再現性

生体か枝肉か

導入運用の負荷

現状の位置づけ

RGB画像解析

脂肪面積割合、粒子のあらさ・細かさ、ロース芯面積、推定BMS

同一装置では高い。撮影者の技術や冷却条件で差が出る報告あり

枝肉の切開面

中。撮影装置と撮影手順の標準化が必要

格付の補助・育種や肥育試験の客観データとして実用段階に近い

X線CT

筋肉面積、脂肪面積割合、あらさ(細かさは精度が低い)

高いが、細かさ指数はr=0.329と再現困難

枝肉・部分肉(非破壊)

大。装置コストと設置場所の制約が大きい

研究用途。切開しない部位の評価手段として検討段階

近赤外分光(点計測)

脂肪含量、水分、脂肪酸組成の推定値

検量線に依存。品種・表面状態で再校正が必要

生体(皮膚表面)・枝肉の両方

小〜中。装置は小型だが前処理(毛剃り・乾燥)が要る報告あり

研究・現場試験。サシの「量」より「質」に向く

ハイパースペクトルイメージング

成分の面分布、推定BMS、色と脂肪の同時評価

報告値は高いが、ミオグロビンの酸素化や地域差で変動

主に枝肉・部分肉の切開面

中〜大。波長域選定・照明設計・データ処理の設計が必要

研究段階。分布情報を扱える点が固有の強み

超音波

生体でのBMS No.推定値、筋内脂肪の間接指標

中。プローブ当て方と個体条件に依存

生体

小〜中。既存の診断装置を流用できる場合がある

出荷前判断・育種選抜向け。等級確定には用いない

表から言えるのは、どの手法も「格付員の目視の代替」にはなっておらず、それぞれ別の目的に向いているということです。枝肉の等級判定に最も近いのはRGB画像解析、成分の質に踏み込むなら分光、出荷前の意思決定なら超音波、という整理になります。食肉について別の軸で評価したい場合は、肉の鮮度を判定する装置の5分類も参考になるはずです。

研究・実証として組む場合の検討点

脂肪交雑の数値化を自社で検証するなら、装置選定より前に決めておくべきことがあります。ここは論文の限界記述がそのまま設計条件になる領域です。

波長域の決め方。可視〜近赤外(およそ400〜1000nm)は脂肪と赤身のコントラストや色の情報が得やすく、Aredoら(2017)もこの帯域です。一方SWIR(短波赤外、おおむね1000〜2500nm)は脂肪・水分・タンパクの吸収帯が明瞭で、成分量の推定に向きます。Wold ら(2022)は760〜1047nmの15波長に絞ってライン計測を成立させており、「広く撮ってから絞る」のが現実的な順序です。

切開面の照明と正反射。切開面は湿っていて光沢があり、正反射が入ると脂肪と赤身の見分けが崩れます。偏光や照明角度の設計は精度の前提条件で、ここを詰めないままスペクトルを集めると、後段のモデルが照明条件を学習してしまいます。

冷却とドリップの影響。島袋ら(2021)は枝肉冷却日数が精度に関わることを、Wold ら(2022)は切断後20分のブルーミングでスコアが約1単位動くことを報告しています。「屠畜から何時間後・切断から何分後に測るか」をプロトコルとして固定し、その時刻をデータに記録しておく必要があります。

サンプル数と格付員評価との対応づけ。教師データは格付BMSになりますが、BMSは1〜12の順序尺度で、等級5にはNo.8〜12が同居します。上位側のサンプルが偏りやすく、宮田ら(2024)が2,170頭を要したことからも、必要数は数百頭規模では収まらない可能性があります。同一枝肉を複数の格付員が評価した記録があれば、人間側のばらつき幅も併せて把握しておくべきです。検証の進め方の一般論はPoCの進め方6ステップにまとめています。

そして、何がまだできないかを正直に列挙します。第一に、現行制度の等級を機械だけで確定することはできません。規格上の判定主体は格付員であり、報告されている推定精度も±1以内で8割台です。第二に、切開面以外の脂肪交雑を枝肉のまま面で評価する方法は確立していません。CTは非破壊ですが装置の制約が大きく、細かさ指数の再現性は低いままです。第三に、脂肪の「質」と目視等級の橋渡しができていません。オレイン酸などの脂肪酸組成は現行の脂肪交雑評価項目ではなく、生体での非侵襲計測も試験管レベルにとどまっています。第四に、モデルの外挿が効きません。品種・産地・処理場・冷却条件が変われば再校正が前提で、他所で作った検量線を持ってきてそのまま使うことは想定できません。

私たちはこれまで、食品・農業・インフラ・医療などの現場とともに、ハイパースペクトルカメラの実証を重ねてきました(実績一覧)。ただし食肉の格付は当社の実績領域ではなく、確立した手法をお渡しできる段階にはありません。波長域の当たりを一緒に探すところからであればお手伝いできますので、まずは資料で装置の仕様と計測の前提をご確認いただけたら嬉しいです。

FAQ

牛肉の脂肪交雑の等級は誰が決めているのですか

公益社団法人日本食肉格付協会の格付員が、牛枝肉取引規格に基づいて枝肉の第6〜第7肋骨間の切開面を目視で評価し、脂肪交雑基準(BMS)に照らして等級を判定します。画像解析や分光計測は制度上の判定主体ではありません。

A5はどうやって決まるのですか

歩留等級A(歩留基準値72以上)と肉質等級5の組み合わせです。肉質等級は脂肪交雑・肉の色沢・肉の締まり及びきめ・脂肪の色沢と質の4項目を1〜5で評価し、最も低い等級で決まるため、4項目すべてが5でなければA5になりません。

画像解析でBMSはどこまで正確に推定できますか

島袋ら(2021, 日本畜産学会報92巻4号)の報告では、推定BMSと格付BMSの差が±1以内に収まった割合は83.6%、±2以内は97.1%でした。高い水準ですが1等級以上ずれる例が残るため、格付の代替ではなく補助として扱うのが妥当です。

ハイパースペクトルイメージングは何が違うのですか

画素ごとにスペクトルを取得するため、脂肪と赤身の分布を面として扱えます。一方でミオグロビンの酸素化状態(ブルーミング)や地域差の影響を受け、Wold ら(2022, Foods 11(9):1219)は切断後20分でマーブリングスコアが約1単位ずれたと報告しています。

生体のうちに脂肪交雑を知る方法はありますか

超音波画像の解析が使われています。宮田ら(2024, 日本畜産学会報95巻4号)は黒毛和種2,170頭の超音波画像に畳み込みニューラルネットワークを用い、屠畜後BMS No.との一致率22.6%、±2以内86.0%を報告しています。出荷前の判断材料には使えますが、等級の確定には用いません。

MaterialsDownload our product & service materialsGet the irodori product catalog and company overview in a single request.Request materials
What is a hyperspectral camera?The basics of capturing color beyond the human eye.Learn more
irodoriOur made-in-Japan, in-house hyperspectral camera.Learn more
Contact usFor consultations and questions about adoption.Learn more