土壌診断を外注すると結果が戻るまで日数がかかり、得られるのは圃場の「点」の値です。本記事は化学分析・簡易キット・土壌センサー・分光推定の4手法を、分かること/期間/ばらつきが取れるかで比較し、肥沃度の判定基準と使い分けを整理します。
結論から書きます。施肥設計の根拠になる可給態リン酸・交換性塩基・CEC(塩基交換容量)は、いまも採土+化学分析が基準です。センサーや分光で安定して取れるのは、含水率、電気伝導度(EC)、pH、地温、そして分光反射率から推定できる腐植・有機物などに限られます。したがって現実的な設計は「化学分析で絶対値の基準を押さえ、センサーや分光で圃場内のばらつきを面と頻度で補う」という組み合わせになります。どちらか一方に寄せると、費用ばかりかかって施肥設計が変わらない、という結末になりがちです。
土壌診断とは何を測る診断か(肥沃度との関係)
土壌診断という言葉は広く使われますが、実務の話にするには対象を分解する必要があります。土壌診断は一般に、物理性(表土の厚さ、有効土層の深さ、礫含量など)、化学性(pH、EC、CEC、交換性塩基など)、生物性の3側面で評価されます。どの手法が使えるかは、この3側面のどこを見たいかで答えが変わります。
肥沃度に直結する化学性の指標
農林水産省の土壌診断資料では、CEC(塩基交換容量)について「CECの大きい土壌は保肥力が高く肥沃度が高いといえる」と整理されています(農林水産省「Ⅰ 土壌診断と対策」)。同資料では、pHを最初に測り、EC、CEC、交換性塩基、塩基飽和度と進む手順が示されています。塩基バランスの目安として、石灰/苦土(当量比)は6以下、苦土/カリ(当量比)は2以上が望ましいとされています。
これらはいずれも、乾燥・粉砕・抽出という前処理を経た化学分析で値が確定する指標です。センサーで「それらしい数値」が出ても、施肥量を決める根拠にそのまま使えるわけではない、という点が本記事の出発点になります。
見落とされがちな「採土の誤差」
同じ農林水産省資料は、採土について厳しい警告を書いています。「サンプリングの誤差は、分析測定の誤差よりもはるかに大きい」とされ、水田や畑では対角線上の5地点から1地点500g程度を採土して混合することが推奨されています。採取時期は原則として作物収穫後、後作の耕起施肥前です。
つまり、精度の高い化学分析を使っていても、圃場内にばらつきがあれば「その1点の代表性」が結果を左右します。センサーやリモートセンシングが効くのは、まさにこのばらつきを面として可視化する場面です。
土壌診断の4手法を比較する
ここでは実際に使われている手法を4つに分けて整理します。それぞれ分かることも、圃場内のばらつきが取れるかも、結果が出るまでの期間もまったく違います。費用は分析項目数・面積・地域の体制で大きく変わるため、本記事では金額を断定せず、判断軸のほうを整理します。
4手法の比較表
手法 | 分かること | 所要期間 | 圃場内のばらつきが取れるか | 向くケース | 限界 |
|---|---|---|---|---|---|
化学分析(分析機関へ外注) | pH、EC、CEC、可給態リン酸、交換性塩基、腐植など。施肥設計の基準値 | 採土後に前処理・分析を経るため即日には出ない。依頼先や時期で数日〜数週間 | 取れない(対角線5地点の混合で1つの代表値) | 施肥設計の見直し、減肥判断の根拠づくり | 点の代表性に依存。頻度を上げにくい |
簡易土壌診断キット(比色法など) | pH、硝酸態窒素、リン酸などの目安値 | その場で数分〜十数分 | 多点で試せば粗く取れる | 作付け前の当たりを付ける、異常値の一次スクリーニング | 目安値であり、診断基準値との厳密な突合には向かない |
土壌センサー(EC・pH・水分・地温/農機搭載型を含む) | EC、pH、含水率、地温。農機搭載型では土壌肥沃度値(SFV)や作土深 | 即時。農機搭載型は作業と同時 | 取れる(多点反復、走行軌跡に沿った面) | 継続モニタリング、可変施肥 | 水分条件で値が動く。相対値中心で絶対値の基準にはしにくい |
分光・近赤外による推定(ハイパースペクトル、ドローン・衛星を含む) | 腐植・有機物、可給態窒素などの推定値。裸地の分光特性から見る圃場内のばらつき | 撮影後の解析次第。数日以内も可能 | 取れる(面。ドローンは高度100mで約8cm解像度) | 圃場内・産地内のむらを面で把握したい場合 | 検量線が必要。水分・植生・影の影響を受け、見えるのは土壌表面のみ |
1. 化学分析(外注)と簡易キット
外注の化学分析は土壌診断の基準です。前処理を伴うため即日には出ませんが、可給態リン酸や交換性塩基のように施肥基準と突き合わせる値は、ここでしか確定しません。簡易キットは、その場で当たりを付ける一次スクリーニングとして有効です。ただし出るのは目安値であり、診断基準値と厳密に照合する用途には向きません。まず外注分析でベースラインを固め、その間の変化や圃場間の差を簡易キットで拾う、という順序が現実的です。
2. 差込み型の簡易センサー(pH・EC・水分・地温)
土に直接差し込む、あるいは埋設するタイプです。ECは水溶性塩類の濃度指標で、硝酸態窒素量の推定にも使われます。農研機構は市販の土壌ECセンサについて、測定値を0.4倍すると従来法のEC1:5の値に読み替えられる簡易測定法を公表しています(農研機構「市販土壌ECセンサを用いた海水浸水農地の土壌電気伝導度の簡易測定法を開発」)。
ただし同成果では、測定値が安定するのは塑性限界以上の湿潤状態からペースト状までの範囲であり、乾燥した土壌では値が低く出ると明記されています。安価で即座に値が出る反面、水分条件を揃えないと数値が動く、というのが実務上の最大の注意点です。
3. 農機搭載型の土壌センサー(電極式+超音波)
作業機に載せて走りながら測る方式で、可変施肥と直結します。農研機構の普及成果情報には、作土深を計測する超音波センサと土壌肥沃度(Soil Fertility Value: SFV)を計測する電極センサ・温度センサを搭載し、5Hzで計測する田植機の事例が示されています(農研機構「大規模減肥栽培を可能とするための『土壌診断―適正施肥』技術」)。
この事例では、センシングから側条施肥までの所要時間を1秒に短縮し、施肥量は慣行比で2〜3割の節減、収量は同等程度から5%程度の減少、倒伏軽減によりコンバインの収穫作業効率は0.51ha/hと慣行比20%向上したと報告されています。普及対象は20ha以上の大規模経営や集落営農組織で、東北以南の基盤整備田が適するとされています。規模が伴えば投資回収の筋が立つ、という現実的な線引きがされている点が参考になります。
4. 近赤外・分光による推定(ハイパースペクトル)
土の反射スペクトルから成分を推定する方式です。農研機構は、水田土壌の全炭素含量から分光反射率で推定した安定な腐植含量を差し引いて易分解性有機物を求め、可給態窒素を簡易推定する手法を公表しています(農研機構「可給態窒素は水田土壌の全炭素含量と分光反射率を用いると簡易に推定できる」)。培養や抽出操作なしに推定できる点が利点です。
同成果は限界も率直に書いています。土壌の水分含量、植生の有無、土壌構造の影が分光反射率に影響するため空撮は代かき後が望ましく、沖積土で母材が一定の圃場データに基づくため、土壌タイプや腐植の性質が異なる土壌への適用可能性は今後の検討課題とされています。分光は「どこでも同じ式が使える」技術ではなく、対象土壌ごとの検量線づくりが前提だと理解しておく必要があります。どの波長帯を見るかで結果が変わる点は、分光計測で見る波長の選び方で整理しています。
5. ドローン・衛星リモートセンシング(面的把握の拡張)
分光による推定を圃場から産地のスケールへ広げる方式です。ドローンの空間解像度は、高度100mでの取得時に約8cmとされています(石塚直樹「スマート農業の目としてのリモートセンシング技術」農研機構研究報告 2019)。同報告では、リモートセンシング情報から圃場内の追肥量をマッピングし、可変追肥を自動的に行う試験も紹介されています。
撮影条件が推定精度を左右することも研究されています。UAS(無人航空機)で水田土壌の化学性を推定した研究では、高度60m(5cm/pixel)と140m(10cm/pixel)を比較した結果、高高度の画像のほうが作物残渣や影といった夾雑ピクセルの影響が低減されて相関が高まり、値を抽出するバッファー半径は1.0mが適切と結論づけられています(佐藤のぞみほか「UASリモートセンシングによる水田土壌化学性の推定精度にピクセル抽出範囲と撮影高度が与える影響」土壌の物理性 158, 2024)。解像度が高いほど良い、という直感が必ずしも成り立たない点は、実証設計時に効いてきます。なお、植生指数だけで土壌や生育を判断することの限界は、NDVIで見える範囲と見えない範囲にまとめています。
どの土壌診断を選ぶか:判定チャート
手法を並べたところで、実務の判断に落とし込みます。次の順に自問すると、必要な手法がだいたい決まります。
- 施肥設計の基準値が要るか
- 要る(可給態リン酸・交換性塩基・CECを施肥基準と突き合わせたい)→ まず外注の化学分析。ここは代替できません。
- 要らない(相対差や異常値の把握で足りる)→ 次の問いへ。
- 圃場内・産地内のばらつきを面で見たいか
- 見たい(同じ圃場で生育差がはっきり出ている、枕地や旧田境で差がある)→ 分光・近赤外による推定やドローン・衛星の面的センシング。ただし化学分析値との照合データが一定数必要です。
- 点で足りる → 次の問いへ。
- 同じ場所を継続してモニタリングしたいか
- したい(かん水・施肥のタイミングを日常的に判断したい)→ 土壌センサー(EC・pH・水分・地温)。水分条件を揃える運用を決めてから入れます。
- 作付け前の一次スクリーニングで足りる → 簡易土壌診断キット。
- 面積と投資回収が見合うか
- 1圃場が小さくばらつきも小さい → 化学分析の頻度を上げるほうが費用対効果が高いことが多いです。
- 1圃場が大きく生育差が明確 → 面的センシングの価値が出ます。前述の田植機事例が20ha以上の経営を主対象としていたのも、この考え方と整合します。
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品目別に見るべき指標は違う
土壌診断基準は作物ごとに設定されています。たとえば宮崎県が作成し農林水産省が公開している資料では、水稲、畑作物(麦類・大豆・カンショ等)、野菜27品目、果樹(温州ミカン・ブドウ・ナシ・クリ)、花き、茶、飼料作物と区分ごとに診断基準がまとめられています(農林水産省「主要作物の土壌診断基準」)。手法を選ぶ前に、自分の品目の基準値がどの項目で示されているかを確認してください。
水稲
水田では代かき・湛水という水管理があるため、測定タイミングの制約が大きくなります。前掲の農研機構の分光による可給態窒素推定でも、空撮は代かき後が望ましいとされています。作土深のばらつきが施肥設計に効くのも水稲の特徴で、超音波センサで作土深を測って可変施肥に結びつける事例が普及成果として出ています。
果樹
果樹は永年作物で、同じ樹を長期間見続けます。園地内の樹勢差が土壌条件に由来するのか、樹齢や台木に由来するのかを切り分ける必要があり、単年の1点分析では判断が難しい場面があります。園地全体のばらつきを面で押さえ、差の大きい区画から採土する、という順序が有効です。
露地野菜
作付け回数が多く、施肥由来の塩類集積が起きやすい品目群です。ECや硝酸態窒素は簡易な手段でも比較的追いやすいため、作付け前の一次スクリーニングと外注分析の組み合わせが機能します。作物残渣が残っていると分光データが汚れるため、面的センシングを行う場合は裸地条件をそろえる段取りが要ります。
土壌診断でどこまで分かり、どこから化学分析が必要か
ここを曖昧にしたまま導入すると、「センサーを入れたのに施肥設計が変わらない」という結末になりがちです。
センサー・分光が得意なこと
第一に、圃場内のばらつきを面で捉えることです。前述の田植機事例のように、作土深の大きい枕地を自動検出して減肥する、といった使い方は化学分析では原理的にできません。第二に、頻度です。即時に値が出るセンサーなら、季節や作業前後で何度も測れます。第三に、相対比較です。同一圃場内でどこが高くどこが低いかは、絶対値の精度が多少甘くても意思決定に使えます。
センサー・分光が苦手なこと
逆に、施肥基準と突き合わせる絶対値の算出は苦手です。可給態リン酸や交換性塩基は化学分析が基準であり、推定値をそのまま診断基準に当てはめる根拠は現時点で乏しいと考えるべきです。また、光学的な手法は土壌の表面しか見ていません。作土層全体、まして心土の状態は、分光画像には写りません。
さらに、分光による推定はほぼ必ず検量線を必要とします。ある地域の沖積土で作った推定式が、火山灰土や別の母材の圃場でそのまま通用する保証はありません。前掲の農研機構の成果でも、他の土壌タイプへの適用可能性は今後の検討事項と明記されています。
現場で起きやすい落とし穴
実証段階でつまずきやすいポイントを3つ挙げます。一つ目は撮影・測定タイミングで、作物残渣や植生が残っていると土壌のスペクトルが汚れます。二つ目は水分条件で、雨の直後と乾燥後では同じ圃場でも反射も電気伝導度も変わります。三つ目は照合データの不足で、推定式を作るには結局、対応する化学分析値が一定数必要になります。
導入ステップと、まず現場で試すという選択肢
いきなり機材を選ぶのではなく、測る目的から逆算するのが遠回りに見えて確実です。
- 目的の指標を1つに絞る:可変施肥の減肥率を決めたいのか、土づくりの効果を追いたいのか、水管理を改善したいのかで必要な手法が変わります。
- 従来法のベースラインを取る:まず採土+化学分析で圃場の現状を確定させます。センサーや分光の妥当性は、この値との照合でしか評価できません。
- 面のデータを重ねる:センサーやリモートセンシングで圃場内のばらつきマップを作り、化学分析の点がどこに位置していたかを確認します。農研機構の日本土壌インベントリーのような公開データで、地域の土壌区分を先に押さえておくと解釈が早くなります。
- 意思決定ルールに落とす:「この値がこの範囲なら施肥をこう変える」というルールまで書けて、初めて投資が回収されます。
ここまで書いてきたとおり、分光による推定は対象土壌ごとの検量線づくりが前提です。ですので、カタログ値だけで判断できる技術ではなく、実際の圃場やサンプルで一度データを取ってみるのが確実だと考えています。私たちはカメラの貸出による現場実証にも対応しており、これまでの検証内容は実績ページに掲載しています。分光での土壌・作物センシングをどう設計すればよいか整理したい方に向けて、ハイパースペクトルカメラの仕組みと4業界36ユースケースをまとめた資料をご用意しました。押し売りはしませんので、比較検討の材料の一つとして置いていただければ幸いです。




